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今日という日  作者: 誓約者
京のおはなし
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気付いてないようで気付いている。それが彼だ。

「…」

 ひどく長い暗闇を抜けると自然と瞼が開いた。

 ぼんやりと京の目が捕らえたのは白い天井だった。

 刹那、どこだか判断つかなかったが、直ぐに生徒長室の天井だとわかる。仄かにコーヒーの芳醇な匂いが空気中に漂っている。

 体勢からソファーに寝ているようだ。

 だが記憶がつながらない。鈍った上体を起こし、無造作に後頭部を掻いてみる。

 覚えている記憶では自分は林の中に居るはずだった。

 一匹だけ黒いあの影が飛び掛ってきて、無我夢中のうちに京は手にした大剣で縦に切り裂いた。

 すると四肢が硬直し、心臓の辺りが苦しくなって、息が吸えなくなり、大剣が二重に見え、どこからか風に乗って流れてくる血の匂いに包まれ―。

 

 その続きがここで目が覚めた後の記憶だ。

 

 困り、腕組みをする。

 そこへ扉が開く音がして一人の少年が入ってきた。

「…やっと起きたか」

 見下ろしながら来葉は不愉快そうにそう言った。口振りからかなり時間が経っているらしく、窓の外に目をやると暮れの刻であろう時間帯だった。

「何が…」

 京は問いかけた。

 来葉は面倒そうに鼻を鳴らし京と向き合うソファーに座った。

「知らん。勝手に気を失って運んできただけだ。俺のほうが聞きたいのだがな」

 いつにも増して不機嫌に答える。きっとその道中はとても面倒だったのだろう。

 愛想笑いのような、苦笑いのような笑顔で京は誤魔化す。

「先ほど校長室に呼ぶよう指示された。さっさと行って来い」

 来葉は無愛想にそう言った。

 京は、なんだろ、と疑問気に呟き生徒長室から小走りに出て行った。

 夕日の暖色の陽光が窓に切り取られ、壁一面に映っている。

 手持ち無沙汰に呆ける。とりあえずコーヒーが飲みたくなったので、ポットの横に整列された清潔なコーヒーカップをひとつ手に取る。

 粉末を入れ、常時熱湯が入っているポットのお湯を注ぐ。注がれる低音の水音がやけに大きく響く。

「…制約者…か…」

 ため息に混じり、考えたことが漏れた。

 

 京の容姿をしたそれは林の中でそう名乗った。

 

「制約…」

 聞き返そうとすると、京の体は力なく落ち葉の中に倒れた。

 髪の色も魔力の変動もいつもの京に戻っていた。

 本人に確かめる手段もなく、あれが害になる存在なのかもわからない。成す術なく来葉は京の体を生徒長室まで持ち帰ることにした。

 ソファーに京を寝かせた後、来葉は記憶にある言葉だと思い出した。

 

 制約者。

 

 十数年前、常人より膨大な魔力を持つものとして生まれた人種。

 その後、内乱を起こし王国側と戦争を起こし、一人残らず始末された。

 医療が発展し、二度と制約者は生まれてくることがなかった。

 絶対に存在しない人種。それが制約者だった。

 

「……」

 頼み綱だった京は何も覚えてはいなかった。

 黒い水面には鏡のように眉をひそめる来葉の表情が映っていた。

 なぜこの世にいるのだろうか。いくつかの仮定が浮かんでは無情に霧散していった。

「―あれ?京居ないの?」

 ドアが開く音がして、間髪いれずに明るい少年の声が聞こえてきた。

「…香理心…だったか?」

「そうそう」

 名前を呼んでもらい、理心がうれしそうに笑顔で頷く。

「京なら校長室に呼ばれたぞ」

 すっかり出来上がっていたコーヒーを片手に普段どおりソファーに深く座る。

「そっか…じゃいいや」

 理心は小さく残念そうにため息を漏らすだけだった。

「聞きたいことがあるのだが…いいか?」

 振り返って来た道を戻ろうとする理心を引き止める。

「いいけど、堅苦しいのは無しな」

 無邪気に笑って、来葉と向かい合うソファーに座る。

 薄く焼かれた日焼けが好青年さを増幅させている。

「…京に昔何かなかったか?」

 コーヒーを一口飲んで、理心に問いかけた。

 存在しないはずの制約者。昔になにかあると考えるのが妥当だった。

「ん~…」

 目線を少し沈め、低い唸り声をあげる。

「…記憶喪失って判るか?」

 唸り声が途切れると、理心は言った。

 言われて来葉は腕組みをし、思い出す素振りをする。

「正式には健忘と呼ばれる記憶障害の一部だな。原因では心因性、外傷性、薬剤性、症候性、認知症に分類され、記憶ではまったく覚えていない全健忘と断片的な記憶と思い出せない記憶が混在する部分健忘に分けられる。とまで認識しているが?」

 理心に自分が知りえる知識を総て公開する。

 一応、下界に侵入するにあたって日常言語の意味を理解した結果だ。

「すげー…」

 どうやら理心はここまでの知識は皆無だったらしく、来葉の顔を見て感嘆の息を漏らしている。

 無言でにらむと、咳払いをして再び話し出した。

「…それで言う全健忘になるな」

「原因は?」

「覚えてないって」

 理心が大げさにお手上げの素振りをする。

「今から六年前の五月二十日の朝が京の最初の記憶らしい」

「六年前…?」

 たった一語に眉をひそめる。

 理心が訝しげな表情に変わりそうだったので、直ぐに表情を戻し前のめりになった体をソファーに預ける。

「…節々で反応がおかしかったから気になったまでだ」

 どうやら収穫はないみたいだ。残念だが半ば駄目で元々だったのであまり落ち込まなかった。

「だよなー。でも勉強してた記憶も無いからその分、楽に勉強できるって本人は笑ってるけどな」

 理心が再び笑顔を見せる。

 まあ、理心と話せただけでもよしとしよう。

「悪いな。時間をとってしまって」

「いやいや。名前覚えてくれたから嬉しくてね」

 ひざに手を置き、ゆっくりと立ち上がる。そして体を捻ったり背伸びしたりなどして硬直した筋肉をほぐしている。

「じゃ、話し相手ぐらいにはなるからこれからも声かけてね」

 ドアの取っ手を握り、空いた手で顔の前で手を振り別れの挨拶をする。

 反射的に来葉も手をふる。

「え~と…?」

「来葉真一だ」

 すっと名前が出て来ない理心に二度目となる自己紹介をする。

 理心はばつが悪いような苦笑いを浮かべた。

「そうそう、またなクルハ」

「…じゃあな」

 

 *

 

 誰ともすれ違うことはない。すれ違うとすれば鳥の類だろう。

 学校から抜け出し民家の屋根を伝っていた。理由はある。影の気配がしたからだ。

 町をまばらに歩く人影は流星のように尾を引く景色が続く。その誰しもが来葉の存在に気付いていない。

 人間は自分の視点より上に意識が向きにくい。加えて来葉の巧みな体重移動によって足音は皆無に近くなっていた。気付くほうが難しい。

 対象は初めからこちらに向かってきている。出来るだけ人気のない中で処理したほうが何かと楽だ。

「…二十八か」

 高速で屋根の上を伝いながら、感知できる個体数を述べる。

 この程度の数ならわざわざ京を起こす必要もないだろう。

「…」

 来葉の足が止まり、来た方向を振り返る。

 影の動きがおかしい。来葉の軌跡に沿って動いていた影が、規則性を持たぬ動きをしている。

 精神を研ぎ澄ませ、状況の把握に取り掛かる。

「これは…」

 来葉の鋭い瞳が仮定を立てたとき、妙な事が起こった。

 

 影が倒された。

 

 途端に一つの魔力の波動が消えた。誰かが影と交戦している動きだ。また一匹倒されていく。

 きゅっ、という音を立て足を来た方向へと翻す。

 コートが肌寒い秋風になびく。

 こうして向かう間にもまた一体が倒された。

 誰か魔力を持った人間が居るならば来葉が魔力を感知できるはずだ。かといって魔力を含有した攻撃でなければ影を倒すことなど出来ない。

 事実は来葉に一つの仮定を立てさせた。

「魔力を消せる魔力を持った人間か…」

 面倒そうにそうつぶやく。事例がないことである。

 現場に近づくと影の減少は止まった。相手のほうは魔力を感知できるらしい。

 風を切る音に苛立った舌打ちの音が混ざる。

「………」

 到着したとき、空気中に溶け出していく影の残骸が転がっていた。

 倒されて間もないのであろう。くっきりと残っている傷跡は斬撃が影に命中したことを示していた。刃物を操る奴らしい。

 奥歯をぎりっ、と噛み締め、来葉は辺りを索敵する。倒された数は十九。

 まだ残りの九体が残っている。犯人探しはそれからだ。

「…!」

 影の魔力を探ってまもなく、来葉は直感で横っ飛びをした。直後に直感は正当なことを証明した。

 空を切る音と共に真っ黒な槍が来葉の頬を掠め、瓦の一つに突き刺さる。

 両手に冷たい拳銃を握り締め、槍が飛び出した方向を無表情に睨む。 そちらも来葉の方を見ている。

 黒くねっとりとした何かがこちらを覗き見るように息を殺している。

 すでにどこに居るか判っているため、そんなことは意味無いのだが。

 意味ない行動をする生き物。割り出せばたった一つの該当があげられた。

「影か…」

 名を来葉は呟く。今まで出会って来た中で最高に大きい。

 おおよそ残りの九体が互いに融合して、増長したに過ぎないだろう。実際、大きさは影の九個分くらいだ。

 これまで影がお互いを吸収しあい、合体する症例など聞いたことが無い。

 彼らはまた成長したみたいだ。

「ギュルアアアアア!」

 まあ、言語能力はそれほど進化していないようだが。

 さっさと始末したほうが良いと来葉の脳が判断し、人差し指の指先を引き金に引っ掛け、くるくると回す。

「…銃技、第一楽章…」

 全身の感覚を指先に集中させる。空気の震えを神経が読み取る。

 どうやらあいつは遠距離戦を望むらしく、体の一部を大筒のように変形させている。

 やはり、知能は低い。この俺に遠距離を望んだんだから。

「…ふん」

 小さく鼻で笑う。

 先ほどの一撃をまともに受ければ、怪我をするかもしれない。迅速な破壊が必要だ。と見苦しい言い訳を心の中で展開する。

 本音はただ魔力を消せる人間に気付けなかった自分に腹立たせている。いわば八つ当たりだ。

「教えてやるよ…」

 言っても理解できないか、と一言いい、また鼻で笑う。

 影の大筒にもまがまがしく黒光りする銃弾が装填される。

 来葉は冷たい空気を肺に吸い込む。

 そして、一瞬の内に銃口を大きな影に向け、引き金に指を置く。

 

「…雨の前奏曲レイン・プレリュード

 

 瞬間に億千の銃弾が、たった二丁の拳銃から解き放たれる。

 目にも止まらぬ速さで引き金が引かれていく。その衝撃はすさまじく、反動で来葉の固定したはずの手首がぶれ散弾のように銃弾は散っていき、だがその総てが大きく育った影の体に命中している。

 同時に放たれた影の銃弾は空中で来葉の銃弾に粉々に分解された。

 なおも降り注ぐ銃弾の雨。

「ギュルウウウアアアァァァァァァ……!」

 穴だらけになった影は成すすべなく瓦の上に横たわる。

 悲鳴を上げているのだろうが、鼓膜を破らんとまで聞こえる銃音のせいでまったく聞こえない。

「…」

 数秒後、来葉の指が止まった。

 終わると細胞を完膚なきまでに壊滅され、静かに朽ち果てていく影の姿を見下ろす。

「さて…」

 ため息に混ぜ、次の行動を脳に認識させようとする。

 一般人にこの姿を見られてはまずい。多数の銃音が鳴り響き、少なからず人がやって来るに違いない。

 来葉は屋根から飛び降り、音なく一般道に着地する。

 横目で周囲を警戒する。静けさが来葉の体に纏わりついた。

「…なぜだ…」

 拳銃を消し、口元に手を当て考えてみる。

 影が融合した件だ。

 これまで成長速度から述べても予想外の出来事だった。昼間の影が息を合わせて襲ってきたことも予想は出来ていなかった。

 極端な影の成長。共通点はこの世界に居る影であること。

 正確にはこの世界に来た影が―。

「…!」

 自己で検索し、最も単純なことを忘れていた。

 もし来葉の思想が正しければ、上界はとんでもないことをしている。

「やっぱ、あんたかよ」

「……」

 目前の果てない闇の中から自分に向けられたとおぼしき言葉が告げられる。

 靴底を擦る足音がこちらに向かってくる。

 街路灯の明かりに足元から姿が顕わになってくる。左手には深い蒼色に輝く長剣。

 魔力の剣と見分けついたが、来葉にその魔力は伝わってこない。どうやらこいつが魔力を消せる人間らしい。

「………貴様か」

 面倒そうに呟き、再度両手に拳銃を顕現させる。

 やがてにらみつけた先に居た人物の顔が、街路灯の白っぽい明かりに照らされる。

 来葉の漆黒のコートが秋風に少しだけなびいた。

読んでいただき真にありがとうございます。


四肢が硬直し~血の匂い―すべてキョウの記憶


校長室―ナイスタイミング。


健忘―調べ上げ。


屋根―瓦のイメージで。


巧みな体重移動―ある意味魔法。


魔力の波動―オーラのようなもの。次の話で深く説明。


黒い槍―間一髪でしたね~。来葉だから出来たことかも?


銃技―公式特許所得済み。第八楽章まで存在する。


雨の前奏曲レイン・プレリュード―来葉が最初に作った銃技。雑魚を一掃する目的で作られ、強烈な弾幕をはる


来葉真一クルーエル・ハーツ―圧倒的銃技を開放。


香理心きょうりしん―人気が高かったな~。基本馬鹿をコンセプトに製作。


浮刃京うきはけい―苗字は友達のアイデアを引き継いでます。


魔力を隠せる人間―次回、明らかに


制約者―種族です

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