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今日という日  作者: 誓約者
人でないもののはなし
30/30

30あ理心と朱とクルハはレギュラー出演を続けます


長いスパンをとったな…

文化の秋。文化祭。忙しくなる。それは当日も準備も例外無い。

来葉がいるこの学校も明日に祭りを控えている。校内がカラフルな画用紙や、暗幕やら雑多に彩られていく。

来葉は褪めた目で、生徒長室の扉に背を預けていた。何度も通り過ぎる生徒と悪ふざけをしている生徒、いろんな生徒が過ぎていくのを眺めていた。

ここにいるとつくづく生徒長室は都合いい場所にあると感じる。右には教室があるA棟への階段。目の前には化学室など特別教室があるB棟に続く渡り廊下があり、左を見れば講堂のステージで指示出す人が見える。生徒長室は文字通り学校の中心部に位置する。構造自体が生徒主導の象徴でもあるみたいだ。おまけに職員室が近くにあり目立った動きは禁止される。

また一人、来葉の目の前を生徒が過ぎていく。早歩きで懸命な姿に若い自分が脳裏によぎる。


来葉はこの世界の人間ではない。魔法が存在する『上界』の人間である。当初は―下界に逃げた生物『影』を駆逐する名目でこちらに来た。ただ、それは名目であり、下界で力を蓄え、上界の王を倒す計画だった。見事計画は成功し、謀反者となった来葉は逃げるように下界に戻ってきた。


追われているとはいえ、上界が故郷には変わりない。上界にも学校は存在し、国・数・地歴公民・物化生地学など、違いは少ない。ただ魔術という教科があり、術式や選択によって戦闘訓練が行われるくらいだろう。

現に文化祭に似た成果発表日が設定されている。内容も似ており、来葉も(嫌々ながら)実行委員だった。普通科の発表を考えていた記憶がある。一人二人要領悪い奴がいて、助け舟をだした事もある。

そんなことを考えていると左から少年が近づき、横で止まる。

目線を向けると気色いい顔でわずかに血管が浮いているようにも見えぬ副長が立っていた。

「…労働しろや」

香理心は言い放つ。対した来葉は褪めた声だ。

「俺は生徒じゃない」

「いいからやれ!」

理心は怒号で理不尽なことを言う。来葉は清掃員として存在するわけであり、生徒会の指示など聞かぬ。

「それともなんだ? 追い出されたいのか?」

彼もこちらの考えを聞きはしないようだ。

来葉は体が重たそうに壁から離れ、理心の横を通り過ぎる。振り向きざま理心が問う。

「どこいくんだ?」

「…ゴミ捨て場」

振り向くことなく一言だけ告げ、数度首を捻ってから歩き去った。理心からは見えぬように欠伸もしていた。


*


気味が悪い。

あの偏屈な来葉がいとも簡単に理心の発言を真に受けた。けだるそうに角を曲がるまで後姿を呆然と眺めていた。自分でもまぬけな表情だと後からも思うだろう。

マントのような燕尾が角を曲がり、ようやく理心は瞬きをした。

「…明日は雪か…?」

戯言のように口から零れ、準備の雑踏に掻き消されていった。

「居た」

後ろから聞きなれた声がしてこちらに歩み寄ってくる。振り向くと左手に書類で膨れ上がったファイルを抱えたメガネ生徒が歩いてきた。

「何ぼけっとしてるの?」

目を細め、見下すような、嫌悪のような眼差しを向けてきた。実際見下しているのは理心のほうだが。

「いや、来葉も働かせようと…」

「ふーん」

絶対に信じていない。彼女―柳川朱はメガネの中央をくいっと直しもう一度理心を見上げた。

「さっき事務が呼んでいたよ」

「事務?」

心当たり無く問い返す。事務まで及ぶ悪事は何一つしていないが。

「どうせいらない文化祭の荷物とかじゃない?」

朱は冷淡に言い放ち、きびすを返した。すたすたと歩を進め、講堂の方向へと消えていった。

後頭部を掻く理心。きっと表情は素っ頓狂だろう。とりあえず事務がある一階へと階段を折り始めた。紙の輪や創意されたポスターが目に映る。ただ空きスペースも目に付くほどあった。

彼女も生徒会の一員で書記を行っており、理心が不得意な分野を担っている。例えば彼女が脇に抱えていた書類。ほとんどが来賓に関する情報だ。いつ、だれが、好きなものは、話題は、類型50項目がくまなく記されている。本来、来賓の相手は生徒のトップがすべきだが、理心の性格上では敬語は五分で破綻する(自他共に確認済み)。任せるしかないのだ。加えて彼女は企画の進行表やタイムスケジュール、主にデスクワークも平行しており、メガネをかけるほど時間が惜しいのである。

対して理心は実働派である。朱が作った進行のマニュアルを行う側だ。荷物の運搬、会場準備の実地指揮など、体力仕事を行う。適材適所の指示が彼女にも出来る。

もう一人、指示を出せる生徒長がいた。

来葉と共に上界へ向かい、安否すらわからない彼がいる。名は浮刃京。人より学業成績は良く、一般教養と礼節を持ち合わせる、漫画のような出来る人間だった。もちろん学校行事の仕切りも上手い。二人はその技量に甘え(主に理心)お、現在の付けを支払っている。

ー理心は階段を下り、昇降口へとたどり着く。物資の運搬で騒がしく往来していると予想していが、意外にも静かなものだった

。装飾は既に済んでいるようで、そのせいかも知れない。

理心は事務室へと向かう。二度ノックして、白塗装の木戸を横に引く。

「失礼しまーす。生徒副長のー」

名乗りの途中で異変に気づく。事務室に誰一人も居なかった。

「?」

いつも誰かいるはずだが、誰も居なかった。加えて、保湿にうるさい事務長の保湿機や丸ストーブが稼働したままである。無機質な機会の音が響いている。

理心はひとまずストーブの前まで行き、火を止める。

「宅配便でーす」

高めの幼げな女性の声が聞こえて来た。受付窓には帽子を目深にかぶった若い女性の宅配業者が立っている。

「はーい」

理心は返事する。事務に誰もいない今、自分が赴くのは当然だろう。早足で事務室を出る。

宅配業者は右手に宅配物とおぼしき段ボールを持ち、左手でボールペンを取り出す。

「ああ、っと…」

納得した声をあげて理心はくるりとターンし、事務長の引き出しから判子を手に入れ、改めて業者の前に立つ。

「…つに…いいのに…」

業者の小さな口が動いた気がした。

「あ―」

問いただす間もなく、段ボールを白く煌めく何かが理心目掛けて飛び出してきた。

「っ!?」

反射的に身を仰け反り、白いなにか―磨かれたカッターナイフの刃のような刃物が前髪の数本を刈る瞬間を目にした。勢いそのまま、後ろに小さく跳び間を作る。

「うわ…避けたよ…」

彼女は呟き、右手を後ろに引く。するとカッターの刃は空中を蛇行し裾のなかに吸い込まれていった。いつの間にか手にしていた段ボールは無くなっており、同じ材質の無数の欠片が彼女の足元に散らばっている。

突如、右目に生暖かい何かが流入する。

「えい♪」

右目をぬぐう間に、鍔の下の口が軽妙に微笑み、両手を前に突き出していた。呼応して数個の刃が飛び出す。

「…ちょ…」

風切る音を背中で聞きながら前転するように逃れる理心。壁に突き刺さる音も聞こえた。

回避の最中、懐からボールペンを取りだし両手に構える。

「また避けたよ…」

「あー、そゆことね!!」

言葉の半、声を荒げ、二本のボールペンが双剣に変貌する。

「…それが憑依魔法…」

しゅるしゅると鋭い音を立てて、彼女の刃は袖に戻った。

動きから予測し、ワイヤーのようなもので繋がっていると思われる。

「確かに、魔力は感じないね。ふっしぎー」

少女は楽しそうに笑う。

「笑って戦う方が俺には不思議だな」

「おやおやぁ? 余裕綽々かな?」

そう言うと少女は腕を振るい、刃を飛ばしてくる。

直線的な軌道。理心は寸前で右に跳ぶ。刃は蛇のように、軌道を替えて食らいついてきた。

「あっまーい♪」

誇るような声を聞き、咄嗟に足を出して、無理やり反対側に逃れる。本能的行動に体幹は崩れ、転ぶ形になる。それでも、剣をワイヤーに引っ掻けるには十分な隙を見た。

魔力を帯びた武器は触れるだけで切り裂く。彼女の刃がそうならば、理心の剣もそうであるはずだ。

刃に糸の手応えがある。手首を引くと、プツリと感触が伝わった。

制御を失った刃は重力に導かれ、床に落ちて高音を響かせる。

「うわっ…」

予想外だった様子でたじろぐ少女。刃の統率が揺らいだ。

ここだ。転んだ惰性を利用して、しゃがむ体勢をとる。そのまま、腰を落とした状態で少女の元へ走っていく。

「なんつって♪」

帽子の陰で口元が緩んだ。無数の殺気が背筋を駆け上がる。振り向く時間が無いと直感が教える。

右腕、次に腹部。顔面を挟み込む攻撃。空を切る異音と勘で生き延びている。

しかし、カタッと足元から聞こえる糸が切れたはずの刃には気づけなかった。

「…」

間に合わない。眉間に迫る刃。瞬間は1秒のように感じられ、何も出来ずに、死を直感するのみだった。

宅配便のお話。宅配便の少女は新キャラですよ。



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