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今日という日  作者: 誓約者
人でないもののはなし
26/30

やはり彼は登場させたかった

 ―午後の授業や日程はすべてキャンセルされた。生徒達は直ぐに下校の指示を受け、今学校に残っているのは朱と澪羅と綾平の三人ばかしだった。

 午後の五時とは思えぬ静けさが生徒長室で広がっている。

「……」

 朱はソファーに座ったまま俯いていた。横にいる澪羅も大人しく黙っていた。

 嫌な沈黙が胸を締め付けそれぞれの考えのうちに閉じ込める。二人ともに時間を共有し考えていることも共有していた。

 今はそのことしか考えられない。考えたところで何もかもが手遅れだった。

 生徒の転落。

 瞬間的に脳内にはっきりと映し出される。

 事情を聞いた先生達が直ぐに駆けつけ、野次馬は三々五々にちりじりとなった。教師の中で窓を覗いた何人かは口元を抑え気持ち悪そうな顔面をした。

 既に時刻は放課後を過ぎている。煌々とした真新しい蛍光灯の光が暗くなる世界から守っている。

 雲を燃やしていた夕焼けは山の向こうへと追いやられ、全天は冷たい藍色が支配していた。窓は鏡のように沈黙した二人だけの生徒長室の情景を鮮明に反射する。

 直ぐ教師は生徒を教室に戻したが、何人があの現場を目撃しただろう。

 右胸から数量血を噴くと、ふらふらと後ずさりし、綾平の手が届きそうになり、ふっと消えた。直後のくぐもったような凄まじい激突音が耳から離れない。

 あれから何時間がたったのだろう。

 未稀と有稀先輩は事情聴取を受けると、直ぐに出て行った。そのときのやつれた未稀の表情がとても辛かった。直ぐにでも死体になりそうな、絶望の目だった。

 それもそうだ。経緯はどうであれ、親友が二階から転落し、直後にあの生々しい音だ。あの音ではもう―。

 朱ははっとして次に来るはずだった言葉を意識的に押しのけた。

「大丈夫?」

 隣に居た澪羅が震えた手に触れる。見るととても心配そうにこちらを見ている。

 朱は精一杯、力なく笑った。

「…大丈夫だよ」

 そう言って、澪羅の手に朱は左手を重ねる。澪羅はすっと手を引き、先ほどのように俯いた。

 再び沈黙が生徒長室に満ちる。

 暫くして綾平がドアが開く音が重い室内にやけに大きく響いた。綾平は二人の状態を黙認すると眠そうな目で口を開いた。

「藤野は生きているらしい」

「……」

 綾平の一言に驚き、気付かなかった疲れがどっと現れた。

「よかった…」

 口にして、微笑む。

「どうかな…」

 一瞬の安らぎを、一言で断絶する。綾平はそう言い放つと疲れたようにソファーに着いた。

「あの精神状態では病院からは出られないだろう。それに目を覚ませば警察が待っている」

 だるそうなトーンで続ける。

「なんで…!」

「経緯は殺人未遂だからな。それに一応負傷者もでた」

「…!」

 負傷者とはここにいない理心のことだろう。彼の切られた背中が脳裏に浮かぶ。

「それに未稀が持ってきた話の犯人かもしれないからな」

「……!」

 絶句する朱に構わず綾平は腕組みをして続ける。

「腕を挟まれたのは自作自演の自己顕示欲。鉢を落としたのは独占欲。…それに隣の男子はポルターガイスト。ってとこかな」

「ポルターガイストって…!」

「知らない?物が勝手に動く現象」

「そうじゃなくて!」

 それぐらいは朱も知っている。だからこそ、非科学でありえない。

「未稀のペン曲げを見ても、そういうのは信じない?」

「当たり前です!」

 一転して大声を出す。もし綾平が言ったことが事実とされるならば藤野が報われない。不意に無意識に感じていた不信感を理解する。

「…もしかして澪羅あんたも…」

「……」

 澪羅は、目を伏せた。心の中で二人に対する怒りがこみ上げる。

「ずっと疑ってたの…?藤野が犯人だとずっと疑ってたの!?」

「まって朱ちゃん!」

 ソファーから立ち上がった朱を澪羅が止める。怒りは膨張し、拳を作っていた。

「どいて!一発こいつをぶん殴らないと気がすまない!」

「澪羅、そこをどくなよ?」

「…はい」

「!」

 小さく返答すると澪羅の体はびくともしなくなった。藤野を押さえつけていた力が今朱の怒りで動く体を止めた。この華奢な体のどこにこんな力があるのだろうか。

「澪羅!どいて!」

「……」

 朱の叫びに澪羅は沈黙を返した。綾平を睨んでいた目を下の澪羅に向ける。そして澪羅の目が動揺して左右に動いていることを認識した。彼女だってこの綾平の命令に従いたくてやっているわけではない。

「…あんた、最低だね」

「ふわーあ…」

 朱は目線を綾平に戻して言う。少しでも生徒長として認めていた自分が嫌になる。

「生徒のことを信用してなくて、それに生徒の弱みを握ってやらせたくないことまでさせて…!人として最低だよ!」

 聞いていた綾平は眠そうに左目を擦りながら言う。

「弱み?やらせたくないこと?最初に言ったと思うけどこいつは俺のストーカー。俺の言うことがやりたくないわけ無いでしょ」

「あんた…!」

 短い人生の中で一番むかついた。沸点を当に越えた怒りが意識を支配する。だが現実として澪羅の力に押さえつけられ一歩たりとも綾平に近づくことは出来ない。

 単純に膨れ上がった怒りは無差別なものとなる。

「澪羅!あんたもなんでここまでこいつの言うことを聞くのよ!あんただってこいつが最低なことぐらい気付いてるでしょ!」

「……」

 澪羅は無言で朱を押す。それはそれでもなお綾平の命令に従うという答えだった。憤りが顔を赤鬼のように燃え上がらせる。

「あんた―!」

「随分とにぎやかな生徒会になったな」

「……」

 瞬間、だれが口を開いたか分からなかった。直後、ばたんと扉が閉まる音が聞こえ、朱は振り向く。

 そこには感情のない目をした一人の少年が立っていた。制服がその少年が着ると妙な風合いを醸し出している。

 朱はその少年の名を口にした。

 

「来葉…」

 

 名を呼ばれた彼は無感動な眼差しを朱に向ける。

「…何をしてるんだ?」

 冷徹な一言に自分が何をしているのかを気付かされる。

「いや…」

 朱はそれだけしか言えずにソファーに座った。来葉は目を伏せた彼女を見て、浅くため息をつく。

「誰だ?あんた」

 綾平が目を細めながら問いかける。眉をぴくりとさせる来葉。

「まず自分から名乗るべきじゃないのか?」

 扉の前に立ったまま言い返す。綾平は一旦目を反らし、面倒そうに後頭部を掻いて目を戻した。

「…俺は綾平。こいつは澪羅。いつもは西の生徒長なんだけども今回は不在な東の生徒長の代行」

 それだけ言うとふわーあ、と大きな欠伸をした。

「…不在…いないのか」

「答えたぞ。答えないのか?」

「…来葉真一。浮刃京に雇われたこの学校の清掃員だ」

 来葉がそういうときどこか虫の居所が悪いような目をしていた。

「それで…何があった?」

「………」

 来葉が問いかける。褪めた憎しみの余韻を感じながら朱は起こったことを話す。

 生徒、檜山未稀の同級生、藤野が未稀を白い剣で襲いかばった理心は背中に傷を負ったこと。本人は左胸から血を少し吹くと二階から転落したことも。朱は淡々と語った。

「…そうか……」

 話を聞き終えると来葉は顎につけていた手を制服の懐に持っていく。目は相変わらず床を眺めている。ごそごそと取り出したのは何か入っている茶封筒だった。来葉は封筒から一枚の紙切れを取り出、四つ折になっていた紙を開き紙をじっと見た。

 朱はやりきれない思いを抱えたままソファーについた。途端、来葉に声をかけられる。

「…その檜山未稀という名前の漢字が分かるか?」

「え…?」

 疑問を返した朱に来葉が手にしている髪が手渡される。少しすすをかぶったようなようなざらざらとした感触がある。来葉が見ていた面を見る。

「…!」

 視界が赤く染まる。ただ中央に書かれた名前を見つけ驚きは恐怖に摩り替わった。

 

 ―檜山未稀は今月中に死んでしまえ―

 

「!」

 思わず紙を投げ捨てる朱。綾平たちも覗き込み驚く。

「……この五芒星…」

 澪羅が呟く。そうだ。この五芒星と名前の書き方。朱だって知っている。

「…見覚えがあるようだな」

 全員の反応を確認した来葉が言う。

 

 これは、未稀が理心に教えていたおまじないの書き方だ。

 

「清掃員…。これどこにあったんだ?」

 綾平だけが驚かない声色だった。来葉は歩み寄り、彼に封筒ごと渡す。

「焼却炉だ」

「!!」

 予感どおりの答えに朱は全身の産毛が逆立つのを感じた。


…この部分は時間がかかった。伏線仕掛けなければいけなかったので…。そろそろ

読み疲れるかも知れませんががんばってください。


―次回―


未稀「私が…藤野ちゃんを……!」


有稀「……未稀…」


さてと次回で話のオーラスまで確定します


―お楽しみに―



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