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今日という日  作者: 誓約者
人でないもののはなし
25/30

誰かの言葉

 

 右手を見た途端、戦慄が未稀を襲う。べっとりとした紅色の血が未稀の右手を覆っていた。暫く絶句した未稀の目はやがてゆっくりと動き、理心の背中が制服ごと切られていることを認めた。

 認めると徐々に膝の上にも生暖かいものを感じる。

「邪魔しなきゃよかったのに…」

 不愉快そうに藤野は口にする。彼女の聖剣の先から手の平と同じ色が雫として垂れている。

 振り下ろされた藤野の聖剣は理心の背中を切った。

 理解した未稀はもう一度右手を見やる。そのまま未稀を庇うように倒れている理心の顔を見た。

「………」

 無言で見つめる未稀。沈黙。

「……なんでそんな顔するのよ…!」

 憤慨した声に藤野の存在を気付かされる。

「そんなやつどうだっていいじゃない!!なのになんで悲しそうな顔をするのよっ!!!」

「……!」

 未稀は自分が悲しんでいることに気付いた。同時に違う種類の感情が生まれつつあることにも気付く。

「…そんなのおかしいよ……」

「…おかしい?」

 狂乱する藤野の目をまっすぐ見つめ、未稀は続ける。

「…人が傷つくのは…私……悲しいよ…。それが藤野ちゃんでも…副長さんでも………」

「私をこんなのと一緒にしないで!」

「…どっちも…私には……」

「そんなわけないでしょ!」

「っ!」

 拒むように剣を真横に振り、真横の壁を一閃する。ぱらぱらと飛び散った微かな破片が未稀の額に当たる。だが藤野には見えていないようで、気にする素振りは一切無かった。

「…そうか…そいつが悪いんだね……そいつのせいで…!」

 おもむろに顔面にへばりついた仮面を取り外すように顔面を手で覆い、上ずった声で話し出す。指の隙間から自分ではなく理心を見つめていることに気付いた。

「許せない…許せるわけが無い…!」

「やめて!藤野ちゃん!」

「こんなことになったのも全部こいつのせいだ!」

 藤野はぎゅっと長剣を握る。

「僕は……未稀を救うんだああああああああ!」

 差し込んだ陽光に剣身が煌く。再び振り下ろされる聖剣。未稀は理心の制服を強く握り締め、目を強く瞑った。


「そこまでにしとけ…」


 聞き覚えのある声がした。そして金属が床に落ちる音と微かな呻き声が遅れて聞こえた。

 恐る恐る未稀は目を開ける。そして、驚いた。

 藤野は澪羅によって床に押さえつけられ、身動きが取れないように羽交い絞めにされていた。その後ろで綾平と怯えた朱が歩いてくる姿も直ぐに認識した。

 認識した途端に涙が一滴伝った。


 *


 事態は終息しそうだった。綾平は眠そうな表情で胸の中でほっと息をつく。

 藤野の握っていた得体のしれぬ白い長剣は綾平の足元に転がっている。澪羅が押さえつけているならそう簡単に抜け出せないだろう。問題とすれば理心の方かもしれない。よくは見えないが、制服がカッターで切られたような断面を見せている。

 綾平は聖剣を見下ろす。あれだけ滑らかに切られていれば肉も少しくらいは切られているだろう。致命傷ならば都合がいいのだが…。

「離しなさいよっ!」

「……」

 身勝手な叫び声に綾平は視点を元に戻す。左右に身を捩じらせ、何とか澪羅から離れようとする藤野。

「澪羅。絶対に離すなよ」

「りょ~か~い」

 軽く言い返す澪羅。澪羅ならばあの程度の力に負けることなど無いだろう。無理に動かそうとすれば最低でも骨は折れる。そういう具合に澪羅は腕を組んでいる。

 綾平はしゃがみ、白い長剣に手を伸ばす。

「ちっ!」

 その時、藤野の口から舌打ちが聞こえた。同時に悪寒ともいうべき気配が綾平に届き、顔を見上げさせた。

 見えたのは藤野が無理やり体を抜け出している姿だった。

「おっとっ!?」

「離すな!澪羅!」

 綾平の声が聞こえ、澪羅はもう一度体重を乗せる。が、藤野は無理やりに澪羅の体を押しのけた。

 ごりっ、という重苦しいくぐもった音が聞こえ、綾平は目を丸くした。

「…折れた…」

 呆然と呟く綾平。視覚的にも立ち上がった藤野の右腕はあらぬ方向へと曲がっていた。だが彼女は立てるほどの気力を保っている。

 まるで彼女には痛覚と言うものがないかのように。

「化け物か…」

 心情を排し、率直な感想を漏らす。直ぐ横目で未稀の方を見たが、聞こえていないようだ。

「もう邪魔はさせない!ずっと私は堪えてきたんだっ!こんなにも愛してる未稀は私のものだああああ!!!」

「…」

 ふらふらと折れ曲がった右手をぶらつかせながら、壊れたように絶叫する。遠目から見て分かっていたが既に藤野は正気ではない。目前で見ると仮定は確信に変わった。

 澪羅と目配せをして、澪羅を藤野から少し離れさせた。自らも十分な距離をとった綾平は藤野を睨みつける。

 藤野の背には自らがあけた壁の穴があり、いつもなら差すことの無い大きさの陽光が廊下を照らしていた。まるで舞台のスポットライトのようで、藤野の狂言を―。

「未稀はもう渡さなっ…!」

「!?」


 ―何の前触れも無く、藤野の右胸から赤い液が噴出した。


「な…!」

「なに!?」

「……っ!」

 藤野を含め驚愕するそれぞれ。目の前の床に血が霧のように付着する。体を支えられないように藤野はふらふらとしだす。一歩ずつ後ろへ後ずさる。

 彼女の後ろには大きな穴が開いている―。

「まずい!」

 綾平は叫ぶと、藤野の元へ駆け出す。彼女のかかとが崩れた壁の端に達する。

 自分の安全のためにとった距離がもどかしい。右手を必死に伸ばす。

「……!」

 ―届かなかった。目下で半回転していく藤野の姿。涙目の藤野と目が合う。

 そして―。


 土嚢を落としたような重い音がして、藤野の体は白目を剥いたまま指先一本も動かなくなった。


「……」

 突発的な嗚咽がこみ上げたが、下唇をかみ締め押さえつける。

 右足も折れ曲がった藤野の体から黒い液体が滲み出す。辛うじてそれは両手両足を人の形に保っていた。

 かみ締めた下唇がぶちっと切れる。

 直後、振り向き、すべきことをした。

「澪羅!俺と一緒に来い!朱は救急車を呼べ!」

「…!」

「…うん」

 呆然と驚愕する朱と頷く澪羅。綾平はそれ以上なにも言わずに澪羅を引きつれ階段を下った。

 綾平の姿がここから見えなくなると大きなどよめきを立て、野次馬達は窓際に押し寄せた。そしてどっ、と雪崩が崩れるような悲鳴が上がる。

 その悲鳴にはっとして、朱は電源の入ってた携帯を取り出し、119番をコールした。

「未稀!しっかりしてっ!」

 後ろから有稀先輩が追い抜く。そのまま未稀の側に行く。追った朱の目は頭を抱える未稀の姿を捉えた。

「……私のせいだ……。私が……!」

 両目を縦横無尽に動かし、完全に錯乱している。有稀先輩の声も聞こえていないようで口をがくがくと震わせ、藤野が残した長剣を見つめている。

「私が……藤野ちゃんを………!」

「しっかりして未稀っ!」

 必死に有稀先輩が体を揺さぶるが、耳元を塞ぐようにした両手は取れない。

 耳元の通話音が遠くに聞こえる。そして、通話音は途切れ、どこかに繋がる音を聞かせた。その瞬間だった。


「……やっと…十三人目………」


「!?」

 朱は群集の方を振り向く。そこには悲鳴や嗚咽の混沌とした生徒達の群集がある。

 単なる気のせい…。やけにはっきりと聞こえた言葉に電話の向こうから話しかけられるまで朱は硬直し続けていた。

読んでいただきありがとうございます。


多少の誤字脱字は作品につき物ですが…すみません。


―次回―


綾平「…藤野が答えだな」


―お楽しみに―

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