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今日という日  作者: 誓約者
人でないもののはなし
24/30

「隣のあの人は君のことをどうおもってるのかな?」「まぁ、あの人嫌いだからどうでもいいけど」

 朱は特に目的も無く廊下をぶらぶらと、綾平に言った通り散歩をしていた。

 昼休みの終わり際のせいかすれ違う生徒は三々五々で、移動教室の教科を手にしている生徒達がほとんどである。

 後輩の集団とすれ違った時、ふとこうして一人で歩いている生徒は珍しいものではないかと思う。

 学校生活ではいつの間にか派閥や集団が形成され、不思議といかなる時も一緒にいるようになる。ただの馴れ合いだと分かっていたが、人としての本能なのだろうと最近の自分は理解し始めていた。孤独というただ一つの不安を他人の存在や対話によることで埋めようとしているのだ。こうして一人で行動してもまったく寂しくない自分が考えることも変だろうが。

 そんなことを考えているうちに朱は生徒玄関にたどり着いていた。

 朝は生徒が殺到しているが、今は嘘のようにがらんとして、虚しさすら広がっていた。心が底から冷えてくる。

 そろそろ戻ろうか。朱はそう思い、今来た道をきびすを返すように戻ろうとした。

「朱さんですよね?」

「?」

 横から声をかけられ階段の方を向く。見た先には階段の手すりに左手を置き降りてくるすらっとした長身の綺麗な生徒がいた。手足の細さと顔から朱の脳は直ぐに名前をはじき出した。

「…有稀先輩、ですか?」

「はい。妹が最近生徒会に世話になっているようで…」

 柔和な表情をした有稀は手を前に交差し小さく礼をするのだった。つられて朱も頭を垂れる。脇に挟んでいる科学の教科書を見て、科学室への移動中だと察する。

 先ほど話で思い出してはいたが、いざ対面すると肩までかかったふっさりとした黒髪がとても綺麗だ。

「…未稀のこと嫌いにならないでくださいね」

 見た目に似合う低い低音で話しかけられ、自分が対面していることを思い出させられる。

「彼女から聞いたと思いますが、昔超能力でいじめられていた過去があるので少し……」

「あ……」

 有稀先輩がが言いたいことは未稀の性格のことだろう。いじめがあったと考えれば少しだけ理解できる。

「ちゃんと信じられる人にはそこそこ話せるのですが…」

 言われて朱は生徒長室を出て行ったときの藤野の背中を見る未稀の表情を思い出し、意識して消した。

「…なにかありました?」

「い、いえ」

 微かな動揺を見透かすような発言に朱は冷や汗をかく。空気を濁すように口からは突拍子もない言葉が出た。

「有稀先輩も超能力とか使えるんですか?」

「まぁ、はい……一応ESPの能力の一つは…」

 瞬間、声の調子が落ち込んだ気がしたが、それ以上に気になることがあり鸚鵡返しに問い返す。

「いーえす…?」

「ESPです。あまり聞きなれない言葉だと思いますがしれませんが超能力にはPKとESPの二つに分類するんですよ。PKはPsychokinesisサイコキネシス、いわゆる念力で、ESPは超感覚です」

「へぇ~」

 つい感嘆のため息をつく。

「PKは念じることで物質に物理変化をもたらす能力。スプーン曲げが代表的な例で、未稀が少し使えるんです」

 話を聞きながら未稀がやって見せたペン曲げを思い出す。

「ESPは通常では感じられない感覚を感知する感覚です。透視や予知、精神感応がそうです。私はその中でサイコメトリーの能力です」

「サイコメトリー?」

「物体に残った人の残留思念を読む力です。…ていってもボールペンぐらいの小さな物で、一時間しか遡れませんけどね…」

 そう言うと眉を少し困ったようにひそめる。朱はその仕草を見て、自分が礼儀の無い人間だと気付かされる。

 未稀は昔にこの力のせいでいじめられていたのだ。彼女にとってもこの話は気持ちのいい話ではない。

「すみませんこんなこと…」

 急に申し訳ないように目を伏せ、頭を下げる。

「…優しいんですね」

 暫くしてあまりにも穏やかな反応が返ってきた。驚いた朱が顔を見ると、相変わらず柔和な笑みを向けていてくれた。その表情があまりに素敵で朱は胸が苦しくなりながら言った。

「そんなことありま……」


 バアアアアアアアアアンッ!!!!!!!!


「っ!?」

「な、なに!?」

 校舎全体を揺らす地鳴りのような激突音が鼓膜をびりびりと震わせる。一瞬間に朱は体勢を崩す。有稀は手にしていた科学の教科書を落とし、倒れてきた朱の体を支える。ふわっとした香りが鼻についた。

「…あ、すみません」

「いえ…それよりも今のは……」

 感覚を取り戻した朱は有稀の胸から離れ、沈黙して見つめ合う。そして丁度、音が迫ってきた二階に続く階段を同時に見た。二人はもう一度見合う。

「………」

 言葉は無かったが意思の疎通が出来たようで二人は階段を駆け上がりだした。あの音量から只事ではないことは想像つく。途中、朱の仮定を正しいと示すように悲鳴や絶叫が上から聞こえる。

 もし生徒に何かあったら…。焦燥する心臓を押さえつけ、朱は最後の段を駆け上がった。

「!?」

 二階に上がりきった途端、足を止め驚愕する。

 そこには異常なほどまで大きな亀裂が走っていた。

 廊下に対して平行に走っている亀裂を見て、何か巨大な定規のようなもので床を叩いたと思われる。ただ到底人間がなしえるとは思えない大きさの亀裂にその思想は否定された。

「未稀っ!」

 有稀先輩の悲鳴じみた声を聞き、朱は亀裂からやっと視線を外して声のした方を見る。見れば有稀先輩は廊下が見えるまで前に出て、亀裂が向かっている右の廊下を見て絶句している。

 朱は急いで野次馬を掻き分け、傍に駆け寄る。だが有稀は自分に気付いていないようで視線を右に向けたままだった。

 朱も右を向く。

「なっ…!」

 反射的に口を手で押さえる。

 朱が見たのは床にへたり込む未稀と対峙するようにして立っている藤野の後姿だった。


 *


 未稀はなぜこうなっているのか理解できなかった。

 ―死に物狂いで振り下ろされた白い長剣を避け、反対側の廊下へ逃げようと足を踏み出す。だがおぼつかなくない足は直ぐにもつれ、数歩して転んだ。

「ねえ…なんで逃げようとするの?」

「!」

 後ろから狂気じみた声をかけられ、目を見開き振り向く。

「そんな顔しないでよ~…」

 露骨に怯えた顔を捉え、藤野が苦く笑う。見慣れた彼女の仕草だが今は不気味に見える。未稀は恐怖で上手く動かぬ口をゆっくりと動かす。

「…藤野ちゃん…?へ、変だよ…」

「変?私が?」

 とぼけたように首を傾げ、直ぐに心からの笑みを取り付けた。

「そんなことないよ。私は未稀を救わなきゃいけないことを思い出しただけだよ?」

「私を…?」

 不可解そうに問い返す未稀に対し、藤野は大きく頷く。

「だからね。この聖剣は私に応えてくれたの…」

 藤野はそう言いながら白い長剣を嘗め回すように見る。そして剣先まで見終えると不意に長剣の先を未稀に差し向けた。


「だから早く私に殺されなさいよ、偽者」


「!?」

 困惑する未稀に殺意の目を向けながら、一歩一歩にじり寄る。意識の隅で野次馬達の悲鳴が一段と上がった気がする。

「にせ…もの?」

 うわごとのように未稀の口が繰り返す。

「そうでしょ。いつからかその体に入ったか分からないけど、私にはわかっちゃったんだ」

「わたしは…!」

「黙りなさい!偽者!」

 有無を言わせないように藤野は一言で断ち切る。『聖剣』と称された剣先が藤野の憤りを示すかのように震えることに未稀は気付く。

「……未稀は…私に歯向かったりしない…!」

「!」

 未稀は驚く。藤野がぎちっと歯をかみ締める音が微かに聞こえた気がする。

「あんたには未稀のことなんて何にも分からない……。あの子の苦しみも、喜びも全部私が知っている……。そうだ…未稀は私のものなんだ……!」

 胸に手を当て、狂ったように言葉を続ける。

「…だから……私は早くその中の毒を取り除かなきゃいけないのよ…!これ以上未稀が汚れる前に…私の未稀が汚れるまえに!」

「ひっ…」

「…だから未稀の体は返してもらわなきゃ」

 そう言うと藤野はにやりと笑い、未稀に向けていた剣先を床につける。かりかりかりと床を削る音が聞こえ、直ぐに音は小さくなり消えた。相反するように剣先は床に沈むように見えなくなっていく。

 まるで紙にはさみを入れるように剣先が床を裂いていることを頭の中で想像した。

「……いや……」

 潤んだ声で呟く未稀。視界が潤み否定するように首を横に振る。やっとの思いで後ずさるが、藤野はやすやすとそれ以上の距離を踏み出す。やがて数センチもしない内に未稀は退がることをやめた。

「…わた…しは………」

 どうも出来ない状況の中、口だけが動く。

「大丈夫。苦しまないようにするから」

 十分、長剣が届く範囲まで近づくと藤野は立ち止まり長剣を視界の右上に構える。形容しがたい笑みを浮かべ自分を見下ろしている。もう彼女は私の知っている藤野ではない。

 どんなに怯えていようと藤野の笑みが崩れることは無く、なす術のない自分を見つめている。


 そして、見開いた未稀の目は白刃が振り下ろされる瞬間を見た。


「っ!?」

 突然、視界の下方から黒い何かが飛んで来、後ろに運ばれる感覚がする。制服独特のごわつきが頬に触れ、黒い何かは生徒だと直感した。

 一体誰が…。未稀の首が顔を見ようと右に動く。

「ぐっ!」

 横顔をはっきりと捉えたと同時に彼は呻き声を上げ、未稀の上に覆いかぶさった。驚いた口調で未稀は名を口にする。

「…理心…さ…!」

「なんで邪魔するのよ…!」

「!」

 苛立たしく言った藤野の一言で未稀は状況を思い出す。すぐさま体を退かそうと彼の背中に手をかける。

「……!」

 手の平がぬるりとした。未稀は動作を止め、震える右の手の平を見えるところまで動かす。脳内の嫌なイメージが増幅する。そしてイメージは現実のものとなる。

「っ!!!!!!!」

 小さな少女の手の平は、紅色のペンキに浸したように赤く染まっていた。


読んでいただきありがとうございます。

さて、ところで私のマイページ及び活動報告を見ているでしょうか?時々更新するのでよろしくお願いします。


―次回―


綾平「澪羅!俺と一緒に来い!朱は救急車を呼べ!」


未稀「……私のせいだ……。私が……!」


有稀「未稀!しっかりしてっ!」


―お楽しみに―


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