クルーエルとは冷酷を意味するらしい
あまりのことに指先一本すら動かない。
「………」
鋭い目つきをした少年は、すでに右の人差し指を引き金のところに置いている。
目線を合わせてから表情ひとつ変えぬまま、何を考えているのか分からない。
「…質問を変えよう」
張り詰めた静寂を少年の声が鋭く切り裂く。
「なぜ貴様は剣を握っている?」
「!」
言われて初めて、右手の重量感に気づかされる。自然と顔が右側に向いた。
身の丈はあるであろう大きさを誇る大剣。どこから取り出したかは記憶にない。さらに言えば毎日見回りをしているがこんなものが学校内に置いてあった記憶もない。
こんなファンタジーものに出てきそうな奇抜な形状。一度見たら忘れることなど―――。
「っ!?」
前触れなく京の額のど真ん中に激痛が走る。
「…ぁ!」
「勝手に動くな。質問に答えろ」
額を手で押さえながら床をのたうち回る京に、少年は簡潔な言葉を残した。
推測するに発砲されたらしい。
かなりの低速だろうが、分厚い国語辞典の角が当たった感覚に近かった。穴が開いたのかと錯覚するほどだ。
「…お前…!」
「…」
悶絶する痛みを何とか押さえ込み、被害箇所を押さえながら唸り声を漏らす。若干ながらの殺意が京の心に芽生える。
対して少年は、表情を変えずに京の目を見る。
「…どうやら何も知らないみたいだな」
暫時、対峙した後、少年は謝ることなくコートの懐に拳銃を収める。
そして、外の景色に目をやり、眺めるような遠い目をする。
「…だがその大剣を見逃すわけにはいかない」
「…!」
その一言で京は身構える。慣れない大剣を両手で握り、剣道の構えを作る。
剣先が微かに震える。頬を滑る汗が、唯一時間の経過を確証している。
「…ここではだめだな」
一通り辺りを見回し、少年は呟いた。
そして、視点が京の目に戻ってきた。
「幸いお前はこの学校の生徒みたいだな」
「…?」
この瞬間、少年の目が変わった。見下すような冷徹な目から、見透かすような透明な氷の目に。
「なにが起きたか、なにが起きているのか。説明したい」
京は言葉にならぬ疑問感を抱く。それは何の確信も具体性もなく京の胸に広がり続ける。
玄関には、独特の肌寒い秋風が、音なく吹きぬけていた。
*
「…名前は言っていたか?」
生徒長室のソファーに座り、少年はまずこう言った。
「…どっちも言ってないです」
注いできたコーヒーをテーブルに置いてから京は答える。
「そうか。俺はクルーエル・ハーツだ」
京は向かい合うように対のソファーに座る。
聞きなれない発音から和名でないことが予想つく。
「…くるーえる?」
聞いたとおりに発音してみる。
「来葉で構わない。来客の来に、葉っぱで来葉」
「…あ、そう」
彼なりに気を使ったのだろう。確かにクルーエルは発音しにくかった。
「…で、お前は?」
コーヒーカップを傾けながら、来葉は問う。
「浮刃京。浮いた刃物に京都」
「そうか…」
カップを受け皿の上に戻し、腕組みして京の顔を見る。
「…まず、京が察しているように俺はこの世界の人間ではない」
そう来葉は切り出した。
「俺ら、魔力を持つものが住む世界が上界。いま現在居る世界を上界と呼んでいる。そして、京の前に現れた黒い影は上界の生き物だ」
数年前から出現しており、人間を襲う習性を持っている。目的や言語が不明である。特性としては一般の物理的衝撃に対して無敵であり、日陰が作られる所から発生する。
京の頭の中でまとめるとこういうことだった。
「影は魔力が込められた攻撃により細胞が壊死することが判明し、対影用の戦闘訓練を受けた子供が調教されている」
「子供を…?」
その言葉に京は眉をひそめる。
「希望した生徒だけだ」
即座に補填の言葉を付け加える。 だが希望した同年代の少年は戦いに身を投じている、ということにしか京には聞き取れなかった。
「…で、なんでそんな危なっかしいものがこの世界に?」
聞きたいことの一つ目をまずはぶつけてみる。
来葉は残ったコーヒーを一気に飲み干してから、言葉を続けた。
「…あいつらが自力で来たんだ」
「自力で…?」
何か違和感を感じる発言だった。ほかに意味を含んだような、そんな言い回しだった。
知ってか知らずか、来葉は腕組みをし直して言葉を続けた。
「元々、上界には下界に来る手段はなかった。我々も影の研究をしてこっちの世界に飛び込む技術を得たのだ」
「…ならどれくらい侵入してるかも分からない?」
「残念ながらそうだ」
ため息を漏らし、自分のコーヒーを一思いに飲み干す。
あんな影がいつどこから襲ってくるか分からない状況下に置かれているのだ。深刻な状況だと安易に推測できた。
「…変な人間だな」
背もたれに体重をかけた来葉が訝しげに問いかける。
「俺の経験上では、この類の話を聞いたらパニックになって落ち着かなくなるんだがな」
心底から疑っている。一般的にはそうなのだろう。自分でも冷静に全部を受け止めていたことに違和感を抱いている。
自分は変なのだ。
簡単に自己完結し、次の話を来葉に提示する。
「…俺がなんで影とやらに襲われたんだ?」
コーヒー独特の苦味と風味が口の中に残ったまま京は問いかける。
無意識のうちに先ほど撃ち抜かれた額を掻き、体勢はひざの上に手を載せ前のめりになる
「影は魔力に反応して行動する。お前が偶然にも魔力を持っていたんだ」
来葉は小さく鼻を鳴らした後、無感情に返答を返す。
想像よりも意味不明で端的な答えに京は次に続ける言葉を探す。
「…まず、魔力って?」
「上界の人間が全員持っている力だ。念じることで火をおこしたり、他人の記憶を覗けたり、鍛えれば呪殺もできる力だ」
「なら何で俺がそんな力を?」
「知らん」
「………」
一言の応酬だった。この説明だと漫画やアニメで使用されている魔力のイメージと大差ないみたいだ。
絵空事の主人公が自分になることなど万に一つもないと思っていたが。
「聞きたいことはそれだけか?」
来葉が言う。
「一応…な」
即座に気のない返答が口からこぼれた。
なぜこんなに冷静で居られるのだろうか。なぜ自分はここまでに落ち着いていられるのだろうか。自身の話のはずなのにどこか遠くから眺めているような。
気持ちが悪かった。
周りからあらゆる状況に対応できるからこそ生徒長に任命されたのだが、ここまで対応できる自分がいやだ。言えば人間離れしている。
嫌で…いやで仕方がない!
「…大丈夫か?」
「!」
また来葉の眉が寄り、訝しげな表情をしてこちらを見ている。
「…なんでもない」
とっさに苦笑いが京の表情が現れた。多分苦虫を噛み潰したごとく渋い顔をしていたのだろう。
「…では俺も一つ聞きたいことがある」
一泊置き、来葉が言った。
「お前はこれから影と戦うつもりなのか?」
京はいったん背もたれに体を預ける。
「それは手伝ってほしいということか?」
「違う」
安易な推測は一言で一蹴された。
なおも来葉は言葉を続ける。
「戦わないのであれば、邪魔になる前にここで始末するだけだ」
「…ん?」
一拍置き、頓狂な疑問音がついもれる。二言目に違和感が感じられたのは気のせいだろうか。
されど来葉の眼は冗談めかしくなってない。いたって本気だ。
「さて選べ」
この言葉は間違っていると思う。選ぶとは平行する二択に直面した場合に使う単語であり、脅迫の際に使われた機会はないからだ。
この時、京は今日四度目となる深いため息をつきながらうなだれた。
来葉は無表情に、しかし確かに目はにっこりと笑っていた。
読んでいただきありがとうございます。
二丁の拳銃―銃弾は使用者の魔力の欠片。時速5キロから400キロまで調節可能。オートマティック
大剣―今は謎の武器。ひたすらに重い。刃の部分に<existence>(存在)と刻まれている。
コーヒー―京の私物。砂糖やミルクは置いてない。
魔力―不思議な力。
クルーエル・ハーツ|(来葉真一)―論理で動くタイプ。個人的に筆者が一番好きなキャラクター。得意な魔力は氷。
浮刃京―なんで魔力を持ったか分からないよ。