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今日という日  作者: 誓約者
人でないもののはなし
18/30

それでも今日は来ているわけで

 

 いきなりですがこんにちは。柳川朱やながわあやです。

 一章ではほとんど出番がないので忘れてるかも知れませんが、一応生徒会書記をやってます。

「はぁ………面倒……」

 彼女は体育館のステージのふちに座り、本音を漏らす。

 今は体育の授業中。確か、バレーボールというものを女子はやっているらしい。

 やっているらしいとは、朱が体育、及びスポーツの知識が無いからである。決して面倒だからという自己中心的なものではない。

 平らに言えば運動嫌いである。運動神経もないし、才能でなんとかなる事象は嫌いだ。そんな時間があるなら机に向かった方が気が楽だ。他人も朱は頭脳派だと認めている。

 ともかく体育の時間は朱にとって苦痛にしか過ぎない。今回の体育の時間も制服を着たまま堕落した時間をすごしたのだ。

 もちろん、今視線を向けている彼の心情など理解出来ない。する気もないというのが心情には程近いと思いここで訂正をしておく。

「なんであんなに生き生きしてるんだろ…?」

 向こうで繰り広げられている男子のバスケットを楽しむ彼を見て言う。

 暫く、自陣でボールをついてきょろきょろとしている。多分パスを出せるところを探しているのだろう。そして、小さくうなだれる。場所が無かったのだろう。

 彼に敵チームの一員が近付く。確かあの一員は現役のバスケ部員だった気がする。動きに無駄がない。

 経験者と体育の時間に当たるのは誰でも嫌だ。朱は大嫌いである。

 とりあえず慣れと言う物に素人は敵うわけが無い。

 一般は、そうみたいだ。

 だが近付いて来た一員を見るや否や、素早く切り返し一員をその場に置き去りにする。

「…ふーん」

 高速のドリブルに薄い感嘆のため息を漏らす。

 彼はそのまま一気に駆け上がり、スリーポイントラインからシュートする。

 そしてリバウンドしたボールを手にし、リングに叩き込む。鈍い金属音と試合をしていない女子の歓声が微かに聞こえる。

 退屈そうに欠伸をしていたので丁度そのシーンを朱は見逃した。

「…チャイムだ」

 低くスピーカーから流れてきた校歌の旋律を聞き、ステージからすたっと降りて出口に向かう。

 先生は終わりに出欠をとらないため朱はいつもこうしている。もちろんばれていないのでいつもこうしている。

 がやがやと使った道具を片づけている女子の声を背後に聞く。慣れてしまえば罪悪感など皆無に近い。

「おーい。朱~」

 出口に足を踏み入れようとした途端、さっきの彼が声をかける。

「なあさっきの見てた?」

 笑顔で問いかけてくる。これならナルシストだといううわさが流れていても仕方がないと朱は頭の中で。


 ―彼、こと香理心きょうりしんは生徒会の副長を担っている。運動神経に関してはかなり高い能力を保持していると朱の頭の中では記憶している。所属は陸上部。性格としては気楽で楽天家。ときどき鋭い判断をするが基本的に肉体労働を担当するバカ。


「あ?見てないけど?」

 感情を排してうそをつき、再び歩き始める。

 理心は横に並び気の無い返事を静かに返す。朱の返答には大して興味がないらしい。

「それにしてもモテモテだったね~」

 道中、朱はにやりと笑い、意地悪げな声色で問いかける。

 以前から気付いていたことだが、理心は女子に人気が高い。ただ朱にとっては眼中にないのことを読者には前もって言っておこう。

 理心がどう思っているかは知らないが。

「いやー、あんな大勢の人にモテるより、たった一人の本命に好かれたいよね~」

 急に腕組みをしてわざとらしく言い放つ。

「そーですか」

 わざとだと判りきっているので朱は一言であしらう。

「つれないねぇ~」

「つれてたまるか」

 そうしているうちに二人は共通の目的地に着いた。朱は何気なく上に据えられた木札に目をやる。

 生徒長室。黒く古ぼけた字で今日もそこに書かれていた。

 先述したように二人は生徒会に属していて、生徒長室は生徒会の活動場所だ。と表向きにはそう公言している。実際は生徒会のみんなが自由に使える憩いの場に近かった。私物の持込は禁止されているが、その代わりに用意されたコーヒーメーカーがあり、時間さえあれば生徒会はここに集まる。

 とはいっても最近使うのは二人だけなのだが。

 今は理心がここの更衣室を使おうというのだ。

 理心が冷えたドアノブをひねり、錠が開く音を聞いて、ドアを引く。コーヒー独特の余韻が生徒長室から漏れ出す。

「あれ?」

 少しあけたところで、後ろの朱が疑問気に呟く。

 電気が点いている。確か自分が最後に消したはずだ。

 そんな朱の思考をよそに理心が完全に解き放ったドアの向こうの光景に朱は驚愕した。


 誰かが生徒長の椅子に座っている。


「!」

「だれだ!」

 瞬時に朱が怯え、理心が庇うように身構える。

 ふと座っているべき生徒長の残像が浮かんだが、そこに座っていた彼とはまったく符合することなかった。

 二人の声を聞いた誰かは驚いたような声を上げ、コーヒーカップを持ってこちらに振り向いた。

 朱はその顔に見覚えがあった。

「あ……」

「知ってんのか?」

 小首をかしげ、腕を組んで考える。その様子を見て理心は警戒を若干和らげる。

 どこかで見た。しかしどうしても思い出せない。確かこの部屋のどこかで見た記憶はある。

 見かねたようにその誰かは欠伸をするとため息混じりに口を開いた。

「…西の生徒長の春野綾平はるのりょうへい

「そうそれ!」

 頭のもやが晴れ大声とともに稜平に指を向ける。

「西の生徒長?」

 理心は警戒を完全に解き、無知な子供のように問いかける。

「来るって話したでしょ。いまこの東の学校の生徒長が居ないから一定期間代役を務めてもらうって話」

 ばたん、と開いていたドアを閉めとがめるように説明する。それからまったく記憶にないという理心を見て朱は呆れたため息をつく。

 まったく想像がついていないといえばうそになる自分がいたのも事実である。

「ついでに言えば俺も副長に今日来るって話したんだけどな」

 つられて綾平も小さくため息をつく。

 また記憶の毛頭にもなかったというような表情をする理心。朱は呆れたような態度を取り、右のソファーに腰掛ける。どこか疲れた綾平は朱の向かいのソファーに腰掛ける。

 今日もソファーはふかふかだ。

 手持ち無沙汰に朱は頬杖を着き、向かい合った綾平の顔を見る。

 こうして面と向かい合うと真っ先に顔のくまに目が行く。習字の時間を終えた少年のようなひどいくまだ。髪もぼっさぼさで整えた様子は見当たらない。自分の身なりには興味がないのだろう。もし、これで気にした結果ならば不注意で済む話でない。

「……なに?」

「い、いやっ!?」

 鋭い眼差を向けられ、朱はどきっと視線を反らす。

 特に悪いことをした覚えは無いが、決していい想像をしてたわけではない。どちらかといえば前者に偏っている。

 綾平は不可解な目をして、カップを傾ける。


 ―彼に京の代わりが務まるのか。


 朱は自然と自分の生徒長のことを思い出していた。

 失礼だと思うがやはり比較をしてしまう。さっき怯えていたのも、あの席には彼以外が座るとは思わなかったからである。

 朱達の生徒長である浮刃京うきはけいは突然いなくなった。仲が良かった理心に聞いても何も知らされていないようだ。学校全体でもいろいろな噂がたったが京のいない状況に慣れ、尻すぼみに消滅していった。

 同時期から清掃員として働いていたはずの来葉真一くるはしんいちもいなくなっている。

 単なる偶然だろうか。


「お嬢さん」

「ん?」

 目前で優雅にコーヒーを嗜んでいた綾平がおもむろに問いかける。

「名前を聞いちゃまずい?」

「あ……」

 そういえば自分たちの自己紹介をしていなかった。慌てて右手を胸の上に置く。

「私は柳川朱。役職は書記です」

「柳川ね…」

「でコレが……」

「コレ扱いすんな~」

 指を指された理心が後ろから朱の髪をぐしゃぐしゃに掻き乱す。

「俺は副長の香理心。一応生まれは中国だ」

「なるほどコレね」

「結果コレ扱い!?」

 一度はとまった手が再び、朱の髪を掻き乱す。初めにやられたときは無性に腹が立ったが、いまでは呆れを通り越して止める気力すらない。

「もしか……」

「先に言っておくけど恋人同士じゃないです」

 手を上げて、綾平の言葉を引き取る。この質問も何度も聞かれたのでもちろん呆れを通り越している

 綾平もそれ以上何も言わずに再びコーヒーカップを傾けた。

 それもそれで、なんか嫌だ。

「りし~ん。着替えなくていいの?」

「あ、そうだそうだ」

 頓狂な声を上げ、やっと理心の手が離れる。すたすたと更衣室の方に歩いていく理心の後ろを見ながら、手櫛で髪を整える。

 少なからず理心の考えは理解できない。未来永劫理解する気もない。

 理心の姿が見えなくなりカーテンを閉める音がした。

 大体の髪型に戻ると朱は手櫛を止め、ぺたぺたと髪を撫でる。非常に見苦しいところを見せてしまったと手遅れながら後悔する。

「……こっちも騒々しいか」

 空になったカップを皿に置き、綾平は呟く。

「あの~…」

「なんだ?」

「出来ればあの生徒長の椅子には座らないでほしいんだけど…」

「……」

 無言で見つめ返す綾平。

 なぜ、と聞かれたら仕方が無いが出来ればそうしてほしい。身勝手かも知れないがあの席は京の居場所のようなものだからそうしてほしい。

 少し暗く俯く朱。

「…りょうか……」

「み~つけた!」

 突然、背後のドアが開け放たれけだるい綾平の返答を明るい少女の叫び声がさえぎった。朱が振り向こうとした瞬間、何かが背中に重くのしかかり姿勢が前に沈んだ。

「やっと見つけたよ~綾平!もう捜すのが大変で大変で……」

「く、くるしい……」

 首を羽交い締めされたまま肺を押しつぶされる。このままじゃ窒息してしまう。

「…俺はこっち」

 面倒そうに床に息を吐き出し、少女に言う。

「え?あれ…?」

 少女は気付き、朱の背中から退いて綾平の隣に座る。

 被害者である朱は喉元を押さえ、乾いた咳を二、三度する。

「なに、知り合い?」

「まあ…そうだな」

 これで知り合いではなかったら朱は異常な嫌悪を彼女に向けていたであろうと冷静に自分を推測する。

「これの名前は澪羅れいら。西の生徒であり、俺のストーカー」

「ストーカーじゃないよ~」

 ぷくうと頬を膨らませ、澪羅は反論する。

 ストーカー。朱は瞬間納得してしまった。行動の節々に溺愛に似たものを感じとれる。抱きついている所やそのときに感じた巨乳。

 少々の苛立ちを朱は感じざるを得なかった。

 だが見ている限りストーカーにしては綾平は仲良くしている。今だって綾平が黒い鞄から持ち出した黒いスタンガンを…。

「あ!?」

「そい」

 微かな閃光に澪羅の体は小さく跳ねて、抵抗せずに綾平の肩に抱かれた。

「…な、なにを!?」

 朱は思わず立ち上がり、綾平に声をかける。

 綾平は興味がない目を朱に向け、小さく欠伸をする。

「こうしないと止まらないからな」

「だからって…」

「いつもこうなんだ。気にするな」

 綾平はそう言ってソファーを退き、やさしく澪羅の体を寝かせる。

 恋人同士のようにじゃれあったかと思えば、スタンガンをつかって相手を失神させる。でもソファーに置くやさしさ。

 この二人の関係はどこかおかしい。朱は理解できない。

「そうぞうしいぞ」

 カーテンを開けた理心がソファーに横たわった澪羅の姿を見つける。

 その瞬間に理心の目にどう映ったかは直後の一言で判明した。

「…だれだその朱とは真反対な可愛い子は?」

「予想通りの発言だけどいらっとするね」

 朱は笑顔でとげとげしい反応をしてみせる。

 しかし、理心は目線を動かさない。よく視線を辿ってみると澪羅の胸を見ている。

 そして、朱の脳内でおもむろに直前の理心の言葉が重複する。

「……理心、あとでぶっころす」

「?」

「いや…なんでもない……」

読んでいただきありがとうございます。


読めばわかりますが新キャラがいます


澪羅れいら―特には語れません。


春野綾平はるのりょうへい―西の生徒長。


どちらも別の作品で創った予備のキャラです。


  ―予告―


???「…生徒長室ってここですよね」


朱「ん?どうしたの?」


???「頼みがあるんですけど…」


朱「頼み?」


  ―お楽しみに―

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