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今日という日  作者: 誓約者
京のおはなし
16/30

死よりもそれが恐くて…

「何の用だよ!」

 震えた剣先にいる真空に怒号混じりで問いかける。

 真空は大きく首を横に振った。

「君じゃないよ。私は王に用事があるんだよ」

 そう言って磔にされたヒディアスの方を向く。

 破片がぱらぱらと落ち、トンファーは砕けた姿で床に転がっていた。

「生きてるでしょ?ヒディアスさん」

 真空は笑った声色で問う。

 京は真空に剣を向けたまま横目でヒディアスを見る。

 トラックにはねられたような全身傷だらけでぼろぼろの状態だ。いたるところから流れてきた血は滴り、小さな血溜まりが出来ている。

 到底生きているとは考えられない。現に磔にされてから指の一本すら動いてはいない。

 視界の隅にいる姿に意識が全て注がれる。

 そして、呼応するように彼は笑った。

「…何のまねだ。真空よ」

「!」

 嘲笑に近い声色に全身毛がよだつのを感じる。

 京は反転し視界の中央にヒディアスの姿を捉える。

 絵画が額のなかから這い出すように、壁から抜け出し血溜まりの上に立つ。

「ヒディアスさん。あなたが作っている影の材料って泊制戦争で死んだ人間の魂だよね?」

「!」

 躊躇ない真空の横顔を京は見る。

 構わず続ける真空。

「それは認可したけど、最近私の倉庫から制約者の魂が盗まれてるんだよね~」

「………」

「で、ここに来るまでに会った影と私が持っていた制約者の魂の波動が合っちゃったんだよね…」

 ここまで言うと真空はおもむろに鞘の先を俯くヒディアスに向ける。ちりんとつばにくくりつけられた鈴が鳴る。

「規約に則り、貴殿ヒディアス・ベルンを葬ります」

 ひょっとこの奥の鋭い眼光がヒディアスを睨みつける。

 ヒディアスは俯いたまま、やがて肩を小刻みに上下させた。

「くっくっくっく……」

「どうしたの?この子だけならまだしも私も相手するんだよ?」

 遅れて聞こえてきた喉を鳴らす笑い声に、真空は冷静に言い返す。

 隣に居た京も話は聞いていた。

 理由はまったく判らないが、話の流れから真空はヒディアスを倒すために来たらしい。戦闘能力は先ほどの一撃で少なくとも京よりは上だと判る。

 ただ、京の心には安堵と心強さとは違ったものが広がっていた。

 かたかたと震える剣先が止まらない。どんなに命令してもひざの震えは増すばかりである。

 頭の中では覚悟していたが、腹の中では何も決めてはいなかった。

「……だいじょうぶ?」

「…ああ」

 かみ合わぬ奥歯をがちがちと鳴らしながら、辛うじて真空に返答する。

 暫くしてヒディアスの笑い声が止まり、二人の焦点は彼に合わされた。

「汝らは我に勝てると?」

「……」

 その一言で空気が一変したのを感じ取る。

 背中から撫でてていた穏やかな夜風が若干慌しくなる。

「我は…死ねんのだ…。上界の民を救うためにも我はまだ死ねぬのだ!」

 目をひん剥き般若はんにゃのごとき形相でヒディアスが叫ぶ。

 同時に震えた世界が思いに反芻はんすうする。感じられる魔力の量が桁違いに上がり、ヒディアスの足元から薄氷が広がっていく。

「なんかやばそうだねぇ」

 他人事のように呟く真空。上半身を捻り、鞘に納まったままの刀を居合い抜きの構えに据える。

 両膝を軽く曲げ、息を整えて―。

幻想式・蒼駆げんそうしきそうく

 床すれすれに鞘を切り上げ、生み出された剣圧は地を這いヒディアスに放たれる。

 剣圧は空気を巻き込み、蒼き衝撃波へと変貌する。

「っ!」

 着弾し、突発的に吹き出した砂が頬を掠める。

「やったのか…?」

 京が問う。

「さぁ?手加減はしてないけど…」

 さも他人事のように土埃を見る。

 衝撃の余韻が埃と共に漂っている。


「こんなものか真空よ」


 白い土埃の中心からしわがれた声が聞こえた。

 直後、土埃は凍てつき、硝子のようにきらめきを発し床に落ちた。

 ヒディアスはにやりと笑ってみせた。

「…効いて…ないのか…!」

 京の視界に現れたヒディアスは、衝撃波受ける前の容姿と対して変わっていない。それどころか、手足にあった傷は塞がり、流血が止まっている。

「ふーん…」

 頭から足まで一通り見て、真空は口を開く。

「制約者の魂食べた?」

「食べる…!?」

 鸚鵡返しに京は隣の真空に問い返す。

「ヒディアスの体に影を作る機械があるのは知っているよね?なら影の元である魂がヒディアスの中にあってもおかしくはないよね」

「でも…」

「人の中に入っていた魂は人の中に入りやすいからね~。理論上は可能なのね。でないとこの魔力の量の説明もつかない」

 話の途中から真空が苦笑いしながら話していることに気付かされる。

「その通りだ。我は今制約者の魔力も持っている。治癒など造作でもない」

「…!」

 思考を読まれ動揺が京の表情に出る。

「ま、不死身になったわけではないから倒せるよ」

「倒す?汝が我を?」

「………」

 気休めの意味が大半を占めていた。異常なまでに増幅した魔力はひしひしと伝わってくる。まともに戦っても、多少卑怯な手段を使っても勝てる気がしない。

 さてどうしようか…。

 柔和な表情とは対照的に数々のシュミュレートが脳内で行われ、全てが同じ結末に行き着いた。

「…これ以上………」

「……?」

 途端に、蚊が鳴くほどに小さい声で京が呟いた気がした。真空の意識が京に移る。

 表情は変わっていない。恐怖が色濃く顔面を覆っている。死に直面して、死に怯えたのであろう。

 紫色が強くなった唇は小刻みに震えている。戦力には出来ない。

 目を正面の敵に戻す。

「一人はちょっと…」

 仮面の下で苦笑いを浮かべかける。

 その瞬間だった。途端に京はヒディアスめがけて飛び出した。

「!?」

 真空は困惑する。

 飛び出した背中はヒディアスに向かっている。

「…はぁぁぁぁああああ!」

 両手で持った大剣を振り上げ、思い切ったように飛び掛る京。

「ふん」

 短く鼻で笑い、雲を払うように右手のトンファーでいとも簡単に退ける。

 弾かれた京は壁に激突する。

「たわいも……」

「もらったよ」

 背後に回りこんでいた真空が呟く。

 この距離なら外れない。反応は出来ても間に合わない。下げている刀の柄に左手を添える。

「それがどうした?」

 何の前触れもなく左のトンファーの刃が真空の顔面に迫り来る。

「っ!」

 身を突っぱね、後ろに飛び退く。ヒディアスはにやりと笑い、横目でこちらを見た。

「あ~。前髪切れたぁ~」

 前髪を押さえ、だだをこねるように言う。

「前髪だけでよかったではないか」

 振り返り、真空の方へと体を向ける。ヒディアスの背中側にはぐったりとした京の姿がある。

 ひょっとこの仮面があって良かった。短い距離だが仮面の表面が削られた感覚がある。なければ頬が切り開かれていた。

「………」

 まさか反応があそこまで研ぎ澄まされているとは誤算だった。

 えへへへ、と仮面の下で苦笑う。

「刀を抜かなくていいのか?」

「抜かないんじゃなくて抜けないの!」

 左手で鞘を、右手で柄を持ち引き抜く素振りを見せる。

「ほう、まだ生きていたか」

 ふとヒディアスが振り向かずに目を閉じ、感心する。

 真空の視界にもその蠢く姿は入り込んでいる。かつんと音を立て、ぼろぼろになりながらも辛うじて大剣に寄りかかり立っている。

 垂れた頭が辛そうに呼吸している。

 なぜあの子は動けたのだろうか。死に直面し、死に怯え足がすくんでいたはずだ。

 慣れ?

 いや、死に慣れるには膨大な時間が必要だ。

 狂気に駆られ、精神が崩壊したのか?

 だとすれば、直前に発した言葉とは連結しない。

 考えられる可能性を模索し、真空はため息をつく。

「余所見していいのか?」

 束の間に飛び込んできたヒディアスの一言に、真空の瞳孔が開かれた。

 密着状態においては手数が多い武器の方が有利だ。見開いた瞳孔は既に動作に入っていると思しき腕を追う。

 初撃は悔いる間すら与えなかった。

「ぐ…!」

 数打後に繰り出された膝蹴りが鞘ごとみぞおちに命中する。

 息が一瞬吸えなくなる。視界が朧に霞み、無防備となった体はいい的になった。

「沈め!」

 振り下ろされたかかと落としが真空の小柄な体を薄氷の中に叩きつける。

「がはっ…!」

 掠れた声と共に、仮面の中に血が飛び散る。

 小さく跳ねた体は割れた氷の破片と一緒に人形のように力なく寝そべった。

 全身が痛い。細胞の全てが粉々に砕かれたように骨の奥深くまで痺れている。

 痙攣する右手がヒディアスの足に手を伸ばす。

「…アイシクルステイク」

「!」

 氷の杭が湿った音を立て、四肢を床に貼り付ける。

「ぐあああああああああ!」

 小柄な体から絶叫が迸る。

 力なく伸ばした手の甲に氷の杭が打たれ、激痛が血となって溢れ出している。

「はぁ…はぁ……!」

「汝はそう簡単には殺さぬ」

 痛みを堪えながら、目前にある足の上を見上げる。

「汝の大切な者が壊れ行くさまを見るがいい」

「!」

 一言に真空の全身に戦慄が駆け抜ける。

 ヒディアスはその表情を見て愉快そうに卑しく笑い、真空の元から離れていく。

「ま…待て!」

 咄嗟に真空は体を起こそうとする。

「!!」

 その瞬間、肉が引きちぎられる激痛が真空の意識を揺るがす。

 床から少しだけ浮いた体は、たった四本の杭によって薄氷に押さえつけられる。

「いやだよ…やめて……やめてぇ…」

 仮面を上げ、真空は潤んだ声を出す。

 脳内の隅にあった絶望が瞬く間に思考を塗り固めていく。

 私はあの子を助けに来たはずだった。けど今はぼろぼろになりながらヒディアスに向けて大剣を構える京の姿を見させられている。

 このままだと彼は死んでしまう。気持ちは焦燥するが、肉体は悲鳴と激痛を伝えただ真空の焦燥を加速させる。

 いっそ、刀を抜けば全ては解決するが、それでは…。

 苦悩する真空。その目に映るヒディアスがほくそえんでしまった。

「だめええええええええっ!」


 そして、金属同士が激しくぶつかり合う音がして、一方の人影が持っていた大剣ははじかれ、その人影の左腕は直後にただの肉塊となって、宙を舞い、湿った音を立て、仮面を、床を、視界を、思考を、真空を―。


「いやあああああああああああああああああああああ!!」


 黒ずんだ赤い液体が無邪気に汚した。

読んでいただきありがとうございます


次回第一章最終話になります

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