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      大堀兵庫の受難 其の三

翌朝になっても女の熱は引かず、意識が戻らない状態が続いていた。

ほぼ徹夜明けの体を押して奉行所に出勤するものの、こっそりうたたねしようにも女のことが気にかかって中々そういう気にもならない。


兵庫は友人の一真に相談を持ちかけた。

「医者は嫌だっていうんだよ。何か事情がありそうなんだ。誰か、金創に詳しくって口の堅い医者っていないものかね」


一真はすぐに思い当たったようだったが、一瞬躊躇した。

「一応聞いてはみるが、言っておくが普通の医者じゃないぞ。素人に毛が生えたようなものだが、口は堅いだろう。というかしゃべれないはずだ」

奥歯に物が挟まったようなふわふわした言い方をしたが、その日のうちにその人物は現れた。


兵庫も面識がある、さる旗本の姫君がやってきたのである。


「うわっ、あやめ様。このようなむさくるしいところにまで足を運んでいただいて・・・」

思わず土間に降りて手を突いたが、あやめはしいっと人差し指を唇に立てた。

「内緒ですわ。こういうことが父にばれたら、それこそまた謹慎ですから」


あやめは、一真の従姉である。

女だてらに蘭医学を学んでおり、医術のこととなると見境がない。

先日も行き過ぎた行動があって父親にこっぴどく叱られたばかりである。

あやめは患者がいるという話にすぐに喰らいついてきた。

おおっぴらに医学が学べない今の状況で、訳ありの患者の出現は願ったり叶ったりである。


「金創は、痕は残るでしょうが命に別状はないですわ。熱は3日ほど様子を見ましょう。多分金創から来るものでしょうね。それにしても衰弱が激しいこと。これでは体力が持つかどうか」

縫合を終えたあやめは兵庫にそう告げた。


「どうすれば、よいでしょうか」


「そうですわね。さらさらの葛湯にお砂糖やお塩を少し足してそれを匙で飲ませてあげるしか方法はないですわね。お薬もそうやって上げてくださいな。むせないように気をつけてあげてくださいね。目が覚めたら、滋養のあるものをたくさん食べさせてあげてやってください」


兵庫は少し困った顔をした。

砂糖も滋養のあるものも高いのだ。


あやめはそんな様子を察したらしく、二朱金を差し出した。

「助かるといいですわね。頑張ってくださいね、大堀殿」

フフ、と微笑んであやめは簡単に挨拶をして帰っていった。

独身長屋の人々がぽかんとあやめに見とれている姿が兵庫の家の中から見えた。


あやめに言われたとおり兵庫は献身的に薬や葛湯を飲ませた。

暇さえあれば声をかけ、少しでも呻ろうものなら汗を拭って励ましてやる。

そのおかげもあり、だんだんと熱も下がり肌に赤みも差してきてきた。


そして五日ほど過ぎた頃、女はついに意識を取り戻したのであった。


「ここは・・・。私、一体どうしたのかしら」


開口一番に女はそういった。

状況がよく飲み込めていないらしい。


「ここは本所の独身長屋ですぞ。御婦人はずっと寝たきりでかれこれ六日間は立っておられる。心配せずとも怪我はもう大丈夫。しかし云われたとおりお医者には診せておりませぬぞ」


女は、体を起こし自分の着ている物や傷口を確認した。


「私、お医者は嫌だなんて、そんなことを言ったのですか?」


「へ?」

兵庫はきょとんとした。


さらに女は困惑したように兵庫をじっと見た。

部屋に視線を移すと、家財や壁などを一つ一つ確認するかのように見つめている。

そして、また自分の体に目をやる。


女は狼狽しながら目を泳がせ、やがて途方にくれたように虚空を見つめた。


「あ、あのう・・・」


兵庫は困惑しながら女に声をかけた。


女は泣きそうな顔をしていた。

「憶えていない」


「何も思い出せないのです。今までのことも、私が何者なのかも」


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