大堀兵庫の受難 其の二
「なんだぁ?」
行灯をそちらに向けると、石造りの地蔵がちょこんと鎮座していた。
兵庫は四畳半に上がりこむと地蔵と向かい合ってまじまじとその顔を見た。
「お地蔵様、ここは私の家ですぞ。お地蔵様の家はお外。お外ですぞ。ささ、はやいところでてって下され」
兵庫はまだ酔っている。
地蔵の肩をぽんぽんと叩き、おや随分肩が凝っていらっしゃる、などとふざけたことをいって一人できゃっきゃと笑った。
「申し訳ございません。一晩ここへ置いてくださいませ」
突然、声がした。
兵庫は驚いて地蔵を見るが、兵庫のちょうど腰くらいまでの高さの地蔵は静かな笑みをたたえているだけである。
気のせいか。そう思いまたとろんとした目になったとき、女の呻き声が聞こえた。
声は布団を置いてある衝立の裏から聞こえる。
兵庫はそうっと衝立の裏を覗いた。
はたして、畳んだせんべい布団の上に旅装束の女がうずくまっているのが見えた。
「ひゃ、何事ですかな?御婦人はどなたですかな?」
女は返事の変わりにうう、と呻いた。
兵庫は行灯を持ってきて女を照らした。
着物が真っ赤に染まっている。
「血だ。大変だあ!い、今お医者を呼びますぞ」
兵庫はおろおろと、家を出ようとした。
「お待ちくださいっ!医者は呼ばないでください。朝になったら、出て行きますので」
女は身を起こした。とたんに激痛が走ったらしく、前のめりに倒れこんだ。
衝立が派手な音をたてて倒れる。
「ああ、動かないで。と、とにかく安静にしていないと」
すっかり酔いもさめた兵庫は、布団を敷いて女をその上に寝かせた。
女は肩口から袈裟懸けに切られていた。
ぐっしょりとその身は濡れており、小刻みに震えている。
熱もあるようだった。
「まずいな。どうしよう」
とりあえず、兵庫は自分ができる限りのことをしてやる。
母の残した浴衣に着替えさせて、傷口を洗い手当てをしてやった。
血の匂いと慣れない女の体にくらくらとしながらではあったがさすがに武士の子、斬りあいのときの処置は知識として持っている。
血は既に止まっていて、骨までは切れていないようだった。
これなら助かるかもしれない。
兵庫はそう思った。
少し安心すると疑問がどんどんわきあがってくる。
一体なんなんだろう。
お地蔵様に旅の女。
裏手に川があるからそこで辻斬りにでもあって落っこちたのかな?
でも、お地蔵様抱えて?
兵庫は首を振った。
あの大きさの地蔵を抱えて水に飛び込んで助かるはずがない。
もしそうなら、どれだけの体力の持ち主だという話になるはずだろう。
女は、うう、とまた呻いた。
兵庫は額の汗を拭ってやりながら「大丈夫ですぞ。きっと助かりますぞ」と一晩中励ましてやった。