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第一幕 大堀兵庫の受難 其の一

兵庫は、夜道を本所の長屋に向かって歩いていた。

随分と千鳥足なのは、屋台で一杯引っ掛けてきたからである。


「世の中って、どんだけ不公平なんだぁ」

兵庫はお土産につけてもらった酒瓶をぶんぶんと振り回して叫んだ。


今日、同心仲間の友人たちはお手柄を上げた褒美を貰った。

しかし、そのお手柄の現場には兵庫もいたのだ。

兵庫はその場にいながら何もできなかった。


それは半月前のことになる。


兵庫は件の友人、佐倉一真と清島安次郎と一緒に酒を飲んでいた。


安次郎には兼ねてから飲み代を奢るという約束があったのだ。

祖父が呉服屋で金回りもよく、おまけに美男子だ。剣の腕だって立つ。


その安次郎の酒を飲んでいた居酒屋でちょっとしたいざこざがあった。

ガラの悪い客が数人おり、店の女中にしつこく言い寄っていたのだ。


「あまりしつこいと見苦しいぞ」

一真は男達をたしなめた。

この男は常に冷静であり、剣の腕はかなりのものである。

しかも、どういうわけか叔父が町奉行なのだ。


「上等じゃねえか。餓鬼共が。おい、表に出やがれ!」

酔った男達は怒鳴りながら兵庫達に近づいてきた。


「やれやれ。俺たちのなりをみれば相手にしているのが誰だかわかりそうなものなのに」

どっこらしょ、と友人二人は立ち上がった。


兵庫といえば、あわあわとその様子を見ているだけであった。


いざ喧嘩になると、二人は持ち前の強さと同心仕込の体術を発揮してあっさりと勝利する。

その伸びきった男達の顔を見て、ふと一真が言った。

「こいつら、ひょっとしてお尋ね者の盗人集団じゃないか?」


慌てて安次郎も顔をのぞき見る。

「あ、本当だ。この頬の傷といい、人相書きと一緒じゃないか」


そんないきさつで番所に引っ張っていったのであった。



「番所に連れて行くのは俺だって手伝ったし、そもそもお尋ね者だと分かっていたら俺だって加わってたさ」

人っ子一人いない闇に向かって、兵庫は弁明をする。


「だいたい、俺とは違いすぎるんだよ。なんで、あいつらあんなに恵まれてるんだよう」


兵庫は、八丁堀の拝領宅をそのまま売りに出している。

原因は父母が隠居後の旅に出るため勝手に金に換えてしまったためだった。


「最初は苦労をした方がいい。わしだって、この家を買い戻すところから始めたんだぞ。新米からこつこつ金をためて家を取り戻すのは代々続いてきた大堀家の慣わしみたいなもんだ」

そう父は笑い飛ばすと、そそくさと諸国漫遊の旅に出てしまった。


おかげで、長屋の中でも劣悪な日当たりの悪い四畳半一間だけの独身長屋に住む羽目になってしまった。


同心の給料は30俵2人扶持。

一俵一両として年の収入は40両ほどである。

現在に置き換えると一両10万円と考えて、年棒400万円で都心の家を買う感覚だろう。

兵庫は家を取り戻すため給料を何とか切り詰めて小金を貯めているのであった。


「おまけに、あいつらの剣の腕。どうして、あんなに強いのさ」


兵庫は、刀が大の苦手であった。

刀を抜いた瞬間、持っている方の兵庫が足がすくんで動けなくなる。

振り回すなどもってのほかだ。

血を見るのも痛そうなのも嫌いだ。


要するに臆病なのだ。


兵庫はため息をついた。

「神様は不公平だ。俺には家も金も刀の才能も後ろ盾だってない。おまけに意気地なしときたもんだ」

相変わらずの千鳥足だが家の前に立つころにはうじうじとした気分だけが残っており鼻の奥がツンとした。


ガラリ、と戸を開けると中は真っ暗だ。

のろのろと行灯に火を入れる。


すると、4畳半の真ん中に、ぼうっと何かがいるのがみえた。


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