序幕 其の二
お鳥は夜の江戸を、ただ闇雲に走っていた。
目的としている城下の組屋敷とは全く違う方向へ向かっている。
走りながら、後ろを振り向く。
黒い影は、先ほど関所を抜けたときよりもずっとお鳥にせまっていた。
立ち止まれば、すぐに追いつかれてしまう。
お鳥はさらに足を速めた。
旅装束で動きやすいことだけが唯一の救いだった。
北の国からの長旅の終着にして、こんな目にあおうとは。
お鳥は悔やんだ。
ギンギンに張っていた警戒心は、江戸を間近にして少し緩んでいた。
関所を越えて振り向いたとき、来た道にお鳥を追っている男が遠目に見えて、まずいとは思ったのだ。
しかし、ここから先の道はよく知っている。
長旅の疲れもあり無駄に動かず追っ手を撒こうと考えたのである。
その判断が間違いであった。
追っ手は撒かれるどころか、お鳥との差を縮めてきたのである。
それにはお鳥の背負っている大きな包みにも原因があった。
そのずっしりとした重さがお鳥の駿足を奪っている。
しかしこればかりは置いて逃げるわけには行かなかった。
足に疲れが見え始め、だんだんと力も抜けていくのが分かる。
それでもお鳥は走った。
大きな橋を越え、小さな堀に差し掛かったとき、突然足に鋭い痛みが走った。
疲れきっていたお鳥は体制を崩し、道に投げ出される。
お鳥は自分の足を見た。
何かに切られたように鋭い傷が足に赤い一本線を引いていた。
傍には追っ手から投げられたと思われる小柄が落ちていた。
影はそこまでせまっている。
お鳥は立ち上がって、懐の匕首を出した。
姿勢を少しかがめ匕首を引いて、受け合う準備に入る。
影が、刀を抜いた。
お鳥も動く。
ガチッと激しい音と火花が散った。