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第三幕 忍びの影 其の一

喜助の沙汰が降りるまでは少し時間がかかる。


遠島以上の罪は、評定所で詮議にかけられるのだ。

それでも、喜助の沙汰が降りたのは短いもので半月もかからなかった。


拷問の傷も言えた頃、兵庫は再び喜助の元へ訪ねていった。

「お鳥さんは、拙者の家におりますぞ。しかし、記憶をなくしておられる。どういうわけか袈裟懸けに斬られてはいたが、心配はいりませぬ。今は元気に歩き回っておられますぞ」


喜助は、その話を聞いて唖然とした。

「記憶がないとは・・・。しかし、生きているんだな。地蔵もそこにあるんだな」

兵庫はうんうんとうなずいた。


「ところで、喜助はお鳥さんとはどういう知り合いかな?何か伝えることがあれば伝えておきますぞ」

今度は兵庫が聞いた。

もしお鳥の肉親であれば、何としてでも最後に合わせてやりたいという気持ちがあった。


しかし、喜助は首を振った。

「ちょっとした行き摺りだ。名乗り出るほどでもねえ。第一記憶がなくなった女に何言っても無駄だろ。冥土の土産にもなりやしねえし遠慮しとくよ」


そういって喜助はそっぽをむいた。


しかし、ぽつりと言った。

「これだけは伝えてくれないか。あの世で寿限無によろしく言っとくよ、ってな」

兵庫は首をかしげた。


喜助はハン、と笑った。

「あんたに分かることじゃない。ただ伝えてくれりゃいいんだ」


やがて牢同心たちが喜助をつないでいる縄を引っ張って詮議の場へと連れて行った。

これから沙汰が言い渡される。


奉行所へ戻ると板倉が安堵した面持ちで兵庫を迎えた。

「ご苦労だったな、大堀。本来ならば、斬首役は若同心のお前の仕事だが、非番のうちはお前に役はまわってこない。今月中に沙汰が降りて助かったな」

板倉の本音は折角回復した名誉を落とさずにすんだ安堵であったが、兵庫は首切り役にならなかったことに大きく安堵したのであった。



喜助には市中引き回しの上、打ち首の上の晒し首という重い沙汰が下された。

その沙汰を聞いても喜助はギラギラとした目をもったまま無言で大人しく従っていた。


しかし、その引き回しの最中に喜助をじっと見つめる男がいたのだ。

喜助はその方向を向いて、一瞬目があうと口を大きく開けた。

男はうなずくと、人ごみの中へ消えていった。


馬上の喜助は、再び前を向いた。

その顔は幾分緊張から開放され、柔らかみを帯びていた。


やがて、牢屋敷が再び近づくと喜助は無意識のうちに呟いていた。

「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ・・・」

馬を引いている下男から「喋るな」と一喝されて黙る。


詮議場まで来ると、南町の若同心が刀をもって立っていた。

喜助は正座をさせられ、目隠しをされる。

誰かが、ぐいっと首を引っ張って、喜助の首は前のめりに押し出された。


では、いざ。


後ろで、小さく気合を入れる声が聞こえた。

首の後ろが太陽の熱でちりちりと熱い。


その首に、一瞬小さな風を感じたような、あるいは冷たい感触がふれたような気がした。


喜助の前に暗闇が夜の帳のように降りて来た。

ぼんやりとしてくる意識の中で、夢とも現実ともなく唇が動く。


この世には一縷の未練もない、さあ、寿限無に会いに行こう。


喜助の首は、一太刀で打ち落とされていた。

首切り役の若同心は首が落ちる間際に喜助が何か呟いたのを聞いたという。



夕刻深い時間、喜助の首は木台の上で晒されていた。


さっきまで、物見の野次馬たちが大勢いたが、さすがにこの時間ともなると誰もいない。

奉行所から派遣された、下男一人が見張りに立つのみだった。


その首に二人の男が近づく。


「おい。あまり近づくな」

下男が棒で男達の行く手を阻んだ。


間髪いれず男の一人が、下男の首元に手刀をくらわせた。

不意をつかれ一打ちでぐったりと下男が倒れこむ。


もう一人の男が首の前に立った。

そして、グイッと、晒し首の口の奥に手を突っ込んだ。


やがて男の手が歯を握って出てきた。


どうやら差し歯のようである。

二,三つの奥歯が連なったような形をしている。


その歯の裏側は空洞になっており、そこへ小さく畳んだ紙が入れてあった。

男はそれを広げて中を読むと、再びくしゃっと丸めた。


「皆の者、お鳥が見つかった。喜助が命を懸けて情報をくれた。やはり、まだ城には戻っていなかったらしい。行くぞ」

さわさわと、男達の後ろで音がした。


うごめく影は先ほどの男二人のものだけではなく、闇が深まるとともに数を増していった。



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