マイナイ様
「お前もこういうの見に来るんだな」
「ああ、近くを通りかかったしな」
「ふうん、まあ面白かったよな。あの仮面が『マイナイ様』ねえ」
傭兵の一人が感心したのは、あの一瞬の覇気だろう。武術を扱うものならそのうち自然と出るようになるが、見たところあの仮面はさほど鍛えているようでもない。
考えられるのは、感情による威圧。そういう訓練をしているのかもしれない。
「その、マイナイ様って、なんだ?」
「え、お前知らないのか、この村に来てるのに」
「興味なかったんでな」
正直に話すと、うーん、と周りを見る傭兵。たしか名前はファルゴだったか。
「じゃあ、どっか店入ろうぜ」
その横から口を出してきたのは、よくファルゴと組んでいるディガだったか。もしかしたら同じ傭兵団かもしれない。顔は知っているがそのあたりは興味もないので知らなかった。
他のふたりは宿に戻ると言って離れていき、残った3人で適当な酒場に入る。
「お前と飲むのは初めてだなあ」
「ああ」
「エリメンといる以外、他の奴らと一緒とのとこ見たことねえ」
「ああ、そうだな」
エリメンは腐れ縁で仕方がないが、他の連中とは仲良しこよしをしたいわけじゃない。
「寂しくねえの、っていうか、それで仕事が来るんだからすげーよなあ」
ワイングラスを片手にニヤリとするディガは、やたら陽気だ。
「俺の話はいい。それよりも……村のこと、だな」
「意外とまじめな?」
「いちいちうるせえよ、お前」
ファルゴが軽くディガを叩き、それからワインを口にした。
「でも、お前とこうやって10分以上話したのは、ギルドでもエリメン以外は俺らが初めてじゃないか?」
「うるせえよ、お前も。エリメン以上だ」
「はは、冗談も通じるんだな」
投げやりに答えると、ファルゴは笑う。相手にするつもりならこれくらい冗談は言う。
そうやってからかわれるような自覚はある。人にかかわるのが面倒で、最低限の付き合いしかしてこなかった。王都のギルドに登録しているが、他のおおかたの連中とは違い傭兵団に所属していない。さらに依頼で関わる以外はすべて個人的な付き合いは無視している。
「で、村のことか?でも俺たちだってそんな詳しくないし」
「いい。知ってる範囲で」
「村のことなら礼拝堂ってとこに行けば……」
「長々話聞かされて寝るのがオチだ」
「ぶふっ」
何がおかしいのか、ディガは肩を震わせてテーブルに突っ伏した。
礼拝堂はたしか、村の左側、つまり山肌の上方に位置する。信者の礼拝が行われていて、客だろうが中に自由に入れるようだ。
そこで神職の話も聞けるというのだが……
「抹香臭いのはごめんだ」
「そうかそうか。じゃあ俺らが教えてしんぜよう」
ワインを注ぎながら、ファルゴは話し始めた。
――このテルウェシは、エメテークという女神を崇める民の村だ。
詳しくはファルゴも覚える気がなかったらしく、簡単に聞いたのは、そのエメテーク神というのは神殿の神とも関係があるらしい。だから巡礼地にもなっている。
「じゃあ、邪悪だなんだって喚いたさっきの神殿の奴らは?」
「俺の考えだが、女神が神殿の神に関係あると聞いたのはここの村人からだ。だから神殿の方は話が違うんじゃないか?」
「なるほどな」
同じ話でも、違う立場から聞いていると全然違う話になるときもある。
神殿がこの村をどう思っているか……さっきの件を見ていると、あまりいい印象ではないのかもしれない。たしかに、神殿では唯一の神と言っているのだ、同格が別のところで崇められているのは辻褄が合わない。
村全体でエメテークを崇めるテルウェシだが、やはり宗教なのでそれを取り仕切るものがいる。
それが最高司祭――マイナイだ。
人前に出るときは常にローブで全身を覆い、顔は仮面で隠す。外から来る逗留するだけの客にはいっさい素性を悟らせていないようだ。
「っていうことは、あの上の館に住んでるのか」
「そうだってよ」
「なんか怪しげな雰囲気のわりに、一日何回か儀式のために外に出てくるんだ、ああやって。人前に出るのは多いみたいだ」
ただし、喋ることは稀だ。
儀式では経典の呪文のようなものは唱えるらしいが、基本的におのずからの言葉は少ない。が、儀式の挨拶などでしゃべらないわけでもないし、周りはマイナイのすることに従っている。
「ああやって堂々と酔っ払いに対抗できるんだ、深窓の令嬢じゃないみたいだな」
「男って感じもしねえんだけどなーでも声は男だったな……」
「あきらめろ」
「ひでえ」
軽口を叩き合うふたり。
マイナイという司祭は、声の張りなどを鑑みるに若いようだった。けれど立ちふるまいは板についているようで、何年も役目を務めているのだろう。
「神の伴侶ってのは?」
「ん?ああ、マイナイのことだ。どういう意味かは分からん」
ファルゴはワインを一口飲み、
「格式張って言う時にそう言ってるっぽいな。いわれはあるんだろうが、俺もよく聞かなかった」
「俺も知らね。ただ……気になると言えば」
ディガが言うには、村人がマイナイの話になると、突然時系列が曖昧になるのだという。
「聞いてると100年前とか50年前とか……それくらいのことを言い出す時もあるぜ」
「……不老不死、とか?」
「怪談かよ」
まあ不思議を売りに出すならそれくらいはしてもいいかもしれない。
「あと、時間がめちゃくちゃになってる時に一緒に聞いたのがアルコナ?っていう人?なんだが」
「なんだそれ」
「さあな。どうもマイナイみたいに偉い奴っぽいが、それらしいのは見たことはない。あ、俺たちはこの村は3度目だ」
神殿総本山目的に山越えと同時に、隣国への道でもあるから傭兵や冒険者も通ることも少なくない。
「他の偉いやつっていっても、村長はもちろんいるが、高齢のじいさんらしくあまり表に出てこない。それとも違うし……」
「あとあの四角い顔の冠つけたおっさんはビーテルって呼ばれてたぜ。普段は祝事役っていう役職名で呼ばれてて……村での儀式関係のまとめ役とか」
「なるほどな」
他に、武衛衆といういわゆる衛兵隊のようなものが村では表立って権力がある者たちだ。武衛衆とはサッシュの戦士たちのことだ、村で犯罪などが起こったら自分たちで犯人を捕まえられる。
「村人に聞けば、ある程度答えてくれると思うけどな。さっきみたいにあからさまに馬鹿にするようなことを言わなけりゃ、笑って済ましてくれるし」
ディガは軽い調子で言って、ワインボトルの穴から覗き、グラスに逆さにして最後の一口を注ぎ切る。
「お前……他でまたいいかげんなこと言ってないよな?」
じろっとディガをにらむファルゴ。
「言ってたら今ここでこうやって酒にもありつけてねーと思うよ」
「ったく、お前はほんと調子がいい。……どうだ?役に立ったかどうかは分からんが」
後半の言葉はラグヴィルに対してだった。
「ワインをおごるくらいならこんなものだろう」
「やりぃ」
安酒でもないが、数杯のワインのおごりで気をよくしているのだから楽なものだ。
「お前のこと誤解してたかもな」
こちらも最後の一口を飲み下し、ファルゴがラグヴィルを見た。
「ギルドでしか会ったことないし、他の連中に聞いてもあいつはいけすかねえって似たようなことしか聞かないし」
「そうそう、今日だってひっとこともしゃべらねえで俺達の話聞くだけ聞いて終わりとか、そんなんじゃねえかって」
「そういう思い込みで話しかけてこないなら十分だ」
「あれか、人と話すのが嫌いなんだ」
「ああ」
「っていっても当たりは悪くないのがなあ……」
なんだか残念なものを見るような目をしたファルゴに、肩をすくめて返した。
「話す以上、意思疎通しようとしないのは怠慢だろ」
「ううん、間違ってはないが情緒はねえし、お前に言われたくないって感じなのは……?」
「これも縁だろ、何か手が必要なことあったらギルドに俺達の名前言ってくれ。他の連中に気ぃかけるのと同じくらいはしてやるよ」
「『ハイラッゼ傭兵団』で指名でもいいし」
「……ああ」
やはり、傭兵団所属か。
まあ、頼ることは一生ないだろうが、覚えておこう。




