第五章:未知なる明日へ
それから、さらに数年の月日が流れた。
「二周目の世界」は、静かに、しかし劇的な変化を迎え始めていた。
人類全体が、それぞれの「前世の寿命」の分岐点を迎えつつあったのだ。
当初は死の恐怖に怯え、引きこもっていた人々も、結末の刻限を無事に過ぎた瞬間に気づくのだった。自分たちは死なない。台本は終わり、ここから先は「誰も知らない未来」なのだと。
停滞していた社会が、深い眠りから覚めたように再び動き始めた。
前世の模倣ではない、全く新しい音楽がチャートを席巻し始めた。誰も見たことのない新しいテクノロジーが発表され、人々は「失敗」を恐れることなく、再び未知の領域へと足を踏み出し始めた。
怨恨による前世の復讐劇も、次第に影を潜めていった。過去に縛られるよりも、真っ白な未来を描くことのほうが、人間にとって遥かに魅力的だと誰もが気づいたからだ。
ある晴れた休日の午後。
湊と結衣は、新しく建設された海沿いの公園を並んで歩いていた。
彼らは三十代に差し掛かっていた。前世では決して迎えることのなかった、未知の年齢だ。
「ねえ、湊」
結衣が、海風に髪を揺らしながら言った。その表情は穏やかで、前世のトラウマに縛られていた頃の険しさは微塵もない。
「どうして、私たち人類は『二周目』なんていう奇妙な体験をしたんだと思う?」
湊はコーヒーの入った紙コップを手に、遠くの水平線を見つめた。
「さあな。神様の気まぐれか、それとも宇宙のシステムのバグか。……でも、俺はこう思ってるんだ」
湊は立ち止まり、結衣の目を見た。
「有史以来、人間はずっと同じ過ちを繰り返してきた。戦争、裏切り、見殺し、後悔。……世界は、そんな『変わらない人類』に絶望して、最後に一度だけチャンスをくれたんじゃないかな。過去の記憶を全部見せて、『お前たちはこれで満足なのか?』って」
結衣はふっと笑い、湊の腕にそっと自分の腕を絡ませた。
「悪趣味な神様ね。おかげで散々な目に遭ったわ」
「全くだ。でも……」
湊は結衣の肩を引き寄せ、優しく微笑んだ。
「そのおかげで、俺は君と出会い直すことができた。君の手を引いて、新しい明日へ進むことができる。それだけは、あの悪趣味なバグに感謝してるよ」
結衣は少しだけ頬を赤らめ、「……調子いいんだから」と小声で呟きながら、湊の肩に頭を預けた。
二人の目の前には、どこまでも青く広がる空と、まだ誰も知らない未来の景色が広がっている。
全人類が記憶を持ち越した、最悪で狂気じみた二周目の世界。
しかしそれは、人類が初めて「過去」という灰色の輪廻を破り、真の「未来」を獲得するための、偉大なる産声だったのだ。




