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第9話 小さな仲間の七色の種

 ――翌朝。


 樹上都市シルヴィアの空気は昨日と変わらず澄んでいた。


 久しぶりのベッド、ちゃんとした食事。

 どれもが文明的な暖かさを味わう事が出来た。

 アキラたちは宿のチェックアウトを済ませると街に出た。


 が、二人の間の空気は少し重かった。


「シュナ、まだ怒ってるのかい?」

「……怒っていません」

 シュナはプイと顔を背けた。その頬は少し膨れている。 昨夜の一件以来、彼女はずっと不機嫌だった。それはアキラに対してではなく、アキラを不当に扱う世界そのものへの怒りだった。


「さっさと用事を済ませて、こんな街は出てしまいましょう。空気が悪いです」


「そうだね。いい街だけど、余計なトラブルがまた起きそうだ。食料と水を買ったらすぐに出発しよう」


 二人が市場へ向かおうと宿を出た、その時だった。


「待てェーッ! そいつを捕まえろッ!!」


 怒号と共に、エルフの警備兵がこちらに向かって走ってくる。


「なんだろう?追いかけてる相手はだれだ?」

 二人組のエルフは全力疾走で誰かを追いかけているが、その誰かが見えない。


「……あ、アキラ、あれ!」

 シュナの指差す先、四つ足で走る小動物が逃げている。


「リス……か?」

 それは茶色の毛並みでモコモコの立派なしっぽを携えた一匹の『リス』だった。


 大きさは普通のリスより一回り大きい程度。

 だが、その頬袋は不自然なほどパンパンに膨れ上がっていた。


 そして、リスは力尽きるように、アキラたちの前で倒れ込んだ。


「キュ、キュウ……ッ」

 リスは苦しげに腹を押さえ、脂汗を流して震えている。


「……あ、アキラ。この子、何か言ってる」

 シュナがリスの前にしゃがみ込む。


「『痛い、お腹が焼けるようだ』って」

「お腹が?」


 アキラはリスを抱き上げ、膨らんだ頬ではなく、その腹部を触診した。

「……これは病気じゃない。呪いだ」


 アキラの目が鋭くなる。

「この微弱な魔力波長……『追跡呪いの甲虫』か。盗難防止用の罠だね。盗んだ物と一緒に、罠である虫まで飲み込んじゃったんだ」


 その直後、槍を持ったエルフの警備兵たちが追いついた。


「いたぞ、害獣め! あちこちの店からモノを盗みおって!」

「殺せ! 毛皮を剥いでやる!」


 エルフたちの目は血走り、リスに向けた殺意そのままにアキラを見る。


「ん?この気配……貴様、純血ではないな?……おい、さっさとその獣をこちらへよこせ」


 高貴さを自負する彼らが、たかがリス一匹に翻弄された恥辱に顔を歪めている。

 昨日、アキラを見下したあの目と同じだ。


「……醜いですね」

 シュナがボソリと呟き、冷ややかな目でエルフたちを一瞥する。


「……あ、いや、待ってください」

 アキラが警備兵の前に立ちはだかった。


「さっさとせんか、穢れめ! その薄汚い害獣を庇うつもりか?」


「違います。……この子、呪いに喰われてるので、それを吐き出させれば、盗んだものも……」


 アキラは静かに言いながら、リュックから乾燥させた青い葉を取り出すと、その葉を噛み砕いてペースト状にし、強引にリスの口へ押し込んだ。


「『浄化薄荷ミント』だ。胃の中の呪いを強制排出させるぞ、吐くから離れて!」


 その直後。


「ゲフッ! オエェェェェッ!!」

 リスの小さな口から、信じられない量の盗品が吐き出された。


 金貨の袋、宝石、果物、食器、武器、防具に魔導具……まるで滝のように溢れ出る盗品の山。

 そして最後に、黒い煙を上げる醜悪な甲虫が一匹、コロンと転がり出た。


「なっ……なんという量だ!?」

 警備兵たちが絶句する。


 リスの頬袋は色々な物を収納できる『亜空間収納』になっているみたいだ。


「キュ、キュッ!」

 すっきりした顔のリスは、自分の体より大きな荷物の山を見て、少しバツが悪そうに鼻を鳴らした。


「……全部返すんだ。そうすれば、見逃してもらえるよう僕が頼んであげるから」

 アキラが諭すと、リスは素直に頷き、盗品をエルフたちの前へ押しやった。


「あ、あの……、リスも反省しているようです。それと、このリスは僕が責任もって引き取るということで……」


 アキラは警備兵二人のそれぞれの左手をそっと握った。

 警備兵達は左手の中で輝くものを見ると、やはりアキラを侮辱の目で見下ろした。


「……ふん。盗品が戻れば用はない」

「行こう。穢らわしい獣と関わると運気が下がる」


 エルフたちは盗品を回収すると、何も言わずに去っていった。

 最後まで、アキラとリスを見下したまま。


「……アキラ」

 シュナはリスを抱えて、安堵しているアキラを見た。


「……うん、あの手の者はね、得るものがあれば引いてくれる。落ちこぼれなりの処世術だよ」

 そう語るアキラの目は少し輝きを失っているように、シュナには見えた。


「……本当に、救いようのない連中です」

 シュナが吐き捨てる。


 アキラは目線を落とし、腕の中のリスの頭を撫でた。

「もう、人の物を取っちゃダメだよ。これからは持ち主がいないものを選ぼうね」


 リスを地面に下ろそうとしたアキラの服の裾を、リスがちょいと掴んだ。


「キュッ!」


 リスはゴソゴソと頬袋の奥を探り、一粒の種を取り出してアキラに差し出した。

 それは、ガラス細工のように透き通り、七色に光を反射する美しい種だった。


「え? ……これを僕に?」

 リスから種を受け取ったアキラの目が、学者のそれに変わる。


「こ、これ……絶滅したはずの『虹色ハーブ』の種子!? どこでこれを!?」

 震える手で種を受け取るアキラにシュナが苦笑交じりに通訳した。


「『助けてくれてありがとう。この種は一番のお気に入りだけど、あげる。あと、僕も連れてって』……だそうです」


「連れてって? 旅にかい?」


「『このあたりのことは良く知ってる。僕の足なら偵察もできるし、お荷物もいっぱい持てるよ』……と売り込んでいますね」

 アキラは少し考え、それからシュナを見た。


「僕はかまわないけど、シュナ。君が嫌なら……」

 アキラの言葉を遮り、シュナはリスを見下ろした。


 その瞳孔が、一瞬だけ爬虫類の縦長へと変化する。


『(……いいこと? 貴方を認めるのは便利な仲間としてだけ。アキラとの時間を邪魔したら、その頬袋を縫い合わせるからね)』


「ヒィッ!?」


 音のない魔獣語での脅迫にリスが縮こまる。

 シュナはパッと花が咲くような笑顔でアキラに振り向いた。


「えぇ、いいですよ。アキラが笑ってくれるなら、ペットの一匹くらい」

 シュナにとって、高慢なエルフたちよりもアキラに恩を感じて宝物を差し出すこの魔獣の方が遥かに「マシ」だった。


「ありがとう、シュナ! ……よし、よろしく……えーと?」


「『僕はベルカだよ』って」

 シュナがニコリとアキラに笑いかけながら、代わりに答える。


「そうか、ベルカ。いい名前だね、よろしく、ベルカ」


「キュ、キュウ……(お手柔らかにお願いします……)」


 こうして、便利な収納庫兼、道案内役のリス『ベルカ』がパーティに加わった。


 そして一行は買い物を済ませると、逃げるように樹上都市を後にした。

 だがその足取りは、昨日よりも少しだけ軽やかだった。



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