第8話 欺瞞の樹上都市シルヴィア
「……賢者の遺跡には、『導きの針』が眠っていると言われているんだ」
パチパチと爆ぜる焚き火の前で、アキラはスープを混ぜながら静かに語った。
「導きの針?」
「うん。恐らくは秘具のありかを示す羅針盤みたいなものじゃないかとね」
アキラはリュックの中から、一冊の古い魔導書を出した。
「この『不滅の書』っていう写本に、不老不死の儀式に関する記述があるんだけど、殆どが隠語だらけで解読もまだ完全じゃないんだ。こっちの魔導省が必死になって調べてるらしいけどね。でも、魔導省がここを最優先としたってことは、もし「導きの針」が、敵に奪われてしまえば、僕らは後手に回ることになるってことなんじゃないかな」
アキラは地図を広げ、現在地を指さした。
「でも、ガーディアンのおかげで魔物との遭遇もかなり少なかったから、ここまで順調だ。地図が正しければ、明日には最初の補給地点の『樹上都市シルヴィア』に着く」
「久しぶりにベッドで眠れますね。……ふふ、楽しみです」
シュナはアキラの肩に頭を預け、嬉しそうに微笑んだ。
◇◇◇
――翌日。
アキラたちが足を踏み入れたのは、無数の巨木同士を吊り橋で繋いだ空中都市だった。
遥か頭上を覆う枝葉から木漏れ日が降り注ぎ、風が抜けるたびに木の葉が歌うようにざわめく。
巨木の隙間を埋めるように建物が宙に浮き、縦横無尽に繋がる空中回廊が街を作り上げていた。
大樹海の中心にあるシルヴィアは東西南北を繋ぐ交易の拠点として、多くの魔法使いやエルフが店を並べ賑わっている。
「すごいな……この大樹、推定樹齢3000年は超えているぞ。見てくれシュナ、この幹に寄生している苔の発光具合を!」
「はいはい、アキラ。落ちないでくださいね」
はしゃぐアキラの手を引きながら、二人は街の中心部にある宿屋へと向かった。
だが、すれ違う住人たちの視線は冷ややかだった。
「おい見ろ、アイツ、妙な気配がするぞ」
「アイツ、魔導族か?エルフなのか?妙な気配がするな……」
「魔導族の気配はない、ただの人間なんじゃないか?」
耳の長いエルフたちがアキラを見ては顔をしかめ、ヒソヒソと囁き合っている。
アキラは気づかないフリをして歩を進めたが、宿のカウンターでその流れは決定的なものとなった。
「……おい、待て。臭うぞ」
宿帳にサインしようとしたアキラのペンが、横から伸びてきた白い手によって弾き飛ばされた。
立っていたのは、豪奢な緑の衣を纏った純血のエルフの男だった。
彼はハンカチで鼻を覆いながら、汚物を見るような目でアキラを見下ろした。
「お前、『穢れ』だな? 魔導族でもない、ただの人間と、森人の気配が混ざった中途半端な臭いだ。……ここは高貴なる純血の都市。お前の様な、穢れた血がまたいで良い敷居ではない」
宿のロビーが静まり返る。
周囲のエルフたちも嘲笑の混じった冷たい視線を送っている。
だが、アキラは怒ることも言い返すこともしなかった。
眉尻を下げ、貼り付けたような愛想笑いを浮かべる。
「……あぁ、すみません。すぐに手続きを済ませて部屋に下がりますので……不快にさせて、すいません……」
アキラはエルフと目線を合わせないまま、作り笑いをしながら謝罪していた。
「フン、卑しい血は態度まで卑屈か。これだから――」
エルフがさらに言葉を続けようとした、その時だった。
ドンッ!!
目にも止まらぬ速さで、エルフの身体が宙に浮いた。
いや、シュナが片手で彼の胸ぐらを掴み上げ、壁に叩きつけていたのだ。
「……聞き捨てなりませんね。その口、二度と利けなくしてあげましょうか?」 「が、ぁ……っ!?」
シュナの全身から、隠しきれない真紅の殺気が噴き出し、ロビーの観葉植物が一瞬で枯れ果てる。
エルフの顔が恐怖に歪む。
その本能が、目の前の美女の正体を理解してしまったからだ。
圧倒的な捕食者の気配。人の皮を被った、天災そのもの。
「こ、この気配、竜族……!? な、なぜ……最強の竜族が、こんな穢れた混血風情と一緒に……!?」
「まだ言いますか?穢れているのはあなた方の眼球と、その腐った性根の方ですよ」
シュナの手からチリチリと熱気が伝わり、エルフの服が焦げ始めた。
「シュナ、手を放して」
アキラがシュナの腕を掴んだ。
「……ダメです、アキラ。この下等生物は、万死に値する侮辱を……!」
「いいんだ、シュナ。頼むから手を放して、彼を解放してあげて」
アキラの必死な懇願にシュナはギリッと奥歯を噛み締め、エルフをゴミのように床へ放り投げた。
「……失せなさい。次、私の主を侮辱すれば、この街ごと灰にします」
エルフは腰を抜かしながら這いずり、悲鳴を上げながら逃げ出した。
ロビーには、重苦しい沈黙だけが残された。
◇◇◇
通された部屋に入ると、シュナはずっと俯いたままだった。
アキラが荷物を置くと、彼女は震える声で切り出した。
「……なぜ、言い返さないの!」
シュナが顔を上げる。
その瞳には、悔し涙が溜まっていた。
「あなたは私のマスター、いや、パートナーなのよ!? 誰よりも賢く、誰よりも優しい……あんな下種共に、頭を下げる必要なんてないのに!」
「……慣れてるんだよ」
アキラは苦笑しながら、窓の外の美しい街並みを見つめた。
「人間からは『魔力のない出来損ない』と笑われ、エルフからは『血を汚す穢れ』と疎まれる。それが僕の日常だ」
「アキラ……」
その言葉にシュナはその先の言葉を失った。
「でも、今日は少しだけスッとしたよ」
アキラはシュナに向き直り、笑った。
「君が僕のために、あんなに怒ってくれたから。……ありがとう、シュナ」
その笑顔を見て、シュナは胸が締め付けられるようだった。
この人は、どれだけの理不尽をこの笑顔で飲み込んできたのだろう。
シュナは何も言えず、ただアキラの胸に飛び込んだ。
「……バカ……怒るに決まってるじゃない」
アキラは驚いたが、やがて優しく彼女の背中を撫でた。
樹上都市の夜は更けていく。
だが、この街の美しさは二人には少しだけ冷たく見えた。




