第11話 拒絶の森
「キュッ、キュウ~(アキラの肩、最高~)」
「……ベルカ、くすぐったいよ」
アキラの左肩にはベルカが、我が物顔で鎮座していた。
昨夜の「女同士の協定」により、アキラの右側はシュナの聖域、そして左肩はベルカの指定席として不可侵条約が結ばれたのだ。
ベルカは時折、フサフサの尻尾でアキラの首筋を撫でては、右側を歩くシュナに「どうだ!」と言わんばかりのドヤ顔を向けている。
「……まぁ、肩に乗るくらいなら許してあげましょう。ベルカは『ペット』ですからッ!」
シュナは余裕の笑みを浮かべつつも、アキラの右腕をしっかりと抱きしめ、二の腕の感触を堪能している。
両手に花(?)状態で歩くアキラは少し歩きにくそうだが、ベルカの裏道案内のおかげで旅は驚くほど順調だった。
樹上都市シルヴィアを離れて二日。
アキラたちは嘆きの渓谷に向けて、歩を進めた。
地図を見ると大きな湖とその先の広大湿原を抜けると草原地帯がある、さらにその先が嘆きの渓谷となっていた。
まだまだ先は長そうだ。
「キュッ!」
ベルカは樹海の一本道から逸れる獣道を指さした。
「なるほど、地図にはないルートだね。これなら大幅に短縮できそうだ」
穏やかな陽気、頼れる仲間。
このままピクニック気分で行けるのではないか。
アキラがそう思いかけた、その時だった。
「……ッ!? アキラ、止まって!」
シュナが鋭い声と共に、アキラの前に躍り出る。
「キュウッ!」
ベルカも、『何か来る』と、毛を逆立てて威嚇した。
ズズズズズ……ッ!
地面が揺れ、アキラたちの行く手を阻むように巨大な木の根が壁となって隆起した。
さらに、周囲の木々の枝がまるで鞭のようにしなり、アキラたちを拒絶するように暴れ始めた。
「植物が……」
「敵意を感じます。アキラ、どうしますか?」
シュナはアキラを庇う形で立ちはだかり、横目で指示を仰いだ。
「襲う気があるなら、もうとっくに襲ってると思うよ」
アキラはシュナの肩をポンと叩くと、暴れる根の前に無防備に近づいた。
「危ないです!」
「大丈夫。……ほら、よく見てごらん。これは攻撃じゃない」
アキラは襲いかかる枝の切っ先が自分の鼻先で震えて止まっているのを見せた。
「……怯えているんだ。誰も通したくないって、森全体がパニックを起こしている」
アキラは目を閉じて、そっと幹に手を触れた。
伝わってくるのは、植物たちの断末魔のような悲鳴。
「……痛い、熱い、助けて……そう言っているような気がする」
「聞こえるんですか?」
シュナの声にアキラは小さく答える。
「……たまにね、いつもじゃないけど」
アキラは顔を上げ、森の奥を睨んだ。
「原因はきっとこの先だ」
「……行こう、彼らは道を塞いでいるんじゃない。これ以上進むなと警告してくれているんだ」
拒絶する森をなだめすかしながら進むこと数十分。
不自然に開けた場所に出た瞬間、アキラは息を飲んだ。
「……なんてことを」
そこには樹齢数百年はあろうかという巨木、『森の賢者』が一本、ポツンと立っていた。
だが、その姿は異様だった。
幹の至る所からコールタールのような『黒い火』が噴き出し、巨木をジリジリと焼き焦がしていたのだ。
周囲の空気は焼けつくように熱いのに、燃え広がることはなく、ただひたすらに、その一本の木だけを執拗に、永遠に焼き続けている。
「……『黒呪の火』だ。燃料が尽きるまで対象を焼き続ける呪いの炎……最悪の拷問魔法だよ」
アキラの拳が震える。
この木は、このエリアの主だ。
主が焼かれる苦痛が根を通じて伝播し、森全体を狂わせていたのだ。
「使徒たちの仕業ですね。通り道の邪魔だから焼いたのでしょう」
「いや、これはただの悪意だ。通るだけなら切り倒せばいい。これは……森への『見せしめ』だ」
アキラはリュックを地面に叩き置くと、トランクを広げた。
「アキラ? 水魔法ではこの火は消えませんよ。呪いですから」
「ああ、知っている。だから『食べる』んだ」
アキラは厳重に封印された、青白い光を放つ瓶を取り出した。
「ベルカ、この瓶を持って、あの火の中に飛び込んでくれ」
「キュッ!?(えっ!? 燃えちゃうよ!?)」
「大丈夫、シュナがいる」
アキラはシュナに向き直った。
「シュナ、この程度の呪い火なら制御できるよね?」
シュナはフッと妖艶に笑った。
「愚問ですね。私にとって、この程度の炎など『ぬるま湯』です」
「よし。シュナが炎の道を開く。ベルカはその隙に、この『種』を一番火勢の強い場所に植え付けてくれ!」
作戦は開始された。
「道を開けなさい、下等な火よ!」
シュナが手を掲げると、燃え盛る黒い炎が、まるで女王にひれ伏すように左右に割れた。
圧倒的な火属性の支配力。
「今だ、ベルカ!」
「キュイイイッ!」
ベルカが炎の回廊を駆け抜ける。
そして、露出した巨木の中心部に、瓶の中身――青白い苔のような種を叩きつけた。
「育て! 『吸熱苔』!!」
アキラが叫ぶ。
その植物は、熱を養分として爆発的に成長する、寒冷地の特殊な変異種だ。
パキパキパキ……ッ!
種が黒い火に触れた瞬間、猛烈な勢いで芽吹き、広がっていった。
「なっ……炎を、吸っている?」
シュナが目を見張る。
吸熱苔は、呪いの炎が持つ熱エネルギーを貪るように吸収し、代わりに冷気を撒き散らす。
黒い火は急速に力を失い、苔に覆われた部分は瞬く間に真っ白に凍りついていった。
「よし、鎮火した! 熱を奪い尽くして凍らせたんだ!」
アキラは汗を拭い、白く凍りついた巨木へと歩み寄った。
森のざわめきは収まり、静寂が戻ってきていた。
「よかった……これでもう、森も落ち着くはず――」
アキラが安堵の息をつき、幹に触れようとした、その時だった。
目の前の、今しがた助けたはずの巨木の幹に真っ赤な魔法陣が浮かび上がっていた。
「……え?」
アキラが動きを止める。
「……し、しまった、魔導トラップか!?」
アキラの背筋が凍りついた。
まさか、この木を焼いていたのは、ただの拷問じゃなかった?
この黒い火は、ある一定の高温を保つための『保温装置』だったのか? じゃあ、僕が今、火を消して冷却したのは……。
バキィィィィンッ!!
アキラの目の前で、巨木が内側から爆ぜた。
飛び散る氷片と木片。
その中から現れたのは、植物の蔦と猛獣の肉体がグロテスクに融合した合成魔獣だった。
「なんだ、コイツ……見たことないぞ」
使徒たちは、この木の中に『生物兵器』の種を植え付け、黒い火で温度管理をして孵化を待っていた――「誰かが善意で火を消す」こと自体を、孵化のスイッチとして。
「グルルルルァァァァッ!!」
生まれたばかりのキメラが、アキラを見下ろして涎を垂らす。
その距離、わずか2メートル。
「……ハハ、性格が悪すぎるだろ、使徒さんよ」
アキラが引きつった笑みを浮かべた瞬間、キメラの爪が振り下ろされた。




