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第10話 ベルカとシュナ


 アキラたちと旅を始めた「大袋・大リス族」のベルカ。

 今日もアキラとシュナの後ろをペタペタと四つ足で歩いていた。

 合流して三日目ともなると旅にも少し慣れてきて、ベルカは少し怒っていた。


 その怒りの矛先は稀少種・竜族のシュナであった。


「ベルカの役目は荷物持ちである」


 一番最初に約束したことであるし、亜空間にあるものは重たさを感じないから、いくら荷物を持たされようと、それには何も不満はない。


 しかし、ベルカには、ちょっとどうかと思う事が一つだけあった。


 旅の道中、シュナは常にアキラの傍から離れず、手を繋ぐ、腕を回す、肩に頭を寄せているのである。要するに、常にイチャついている。


『アキラと私の邪魔をするな。邪魔したら頬袋縫うぞ』


 特に念押しされた、と言うより、脅されていたので、これも最初から分かっていた。でも、朝から晩まで、寝る時ですらシュナはアキラの傍らを離れない。


 シュナが唯一、離れるときは「アキラが植物の採取をする時だけ」。

 しかも、その時のシュナは、アキラの用事が終わるまでの間、ずっと、むくれている。


 そんなアキラとシュナの日常となっている光景に、次第にベルカはこう思い始めた。


 僕だって、アキラの肩に乗っかって甘えたいのに。

 隙を見て、アキラの肩に乗ろうとすると、必ずシュナに手で払い退けられる。


 シュナばっかりズルい。


 これが、ベルカの不満であった。


 ――その日の夕方


「そろそろ日没が近いし、今日はここをキャンプ地にしようか」

 アキラはそう言うと、大樹海の岩場が隆起した洞穴を指さした。

 役割分担で、火を焚いたり、薪を集めたり、魔獣除けの結界を張ったりしながら、それぞれが夜に備えて準備をしていた。


「ベルカ、食料袋と調理道具袋を出してくれるかい?」

 アキラに頼まれて、頬袋から言われたものを出す時、ベルカはあることを閃いた。


 僕が今夜の晩御飯においしいものを作ったら、アキラは僕に夢中になって、僕を肩に乗せたがったり、抱っこして歩きたがったりしてくれるんじゃないだろうか、と。

 あんなデカい竜女にベタベタされるより、小さい僕の方が可愛いと思うはず。


 ベルカはそう考えて、ニヤッと笑った。


 そうと決まれば、ベルカの行動は早かった。

 人語を喋れないベルカは、すぐさまシュナの元へと向かった。


『シュナ、お話があります。』


 ベルカは魔獣語でシュナにかしこまりながら声を掛けた。


『あら、どうしたの、ベルカ?かしこまっちゃって』

『今夜のごはんは僕が作りたい。僕に作らせて!』


 突然の話にシュナは目を丸くしたが、すぐに聞き返した。


『それは構わないけど、あなた料理できるの?人間のアキラも食べられる料理よ?』


 シュナの至極当然な疑問に、ベルカは笑顔で答えた。


『シュナは知らないんだね、僕たち大リス族は森のコックと呼ばれてるんだよ。シルヴィアではエルフの奴らがいじわるして、店を出させてくれないけど、他の集落だと大リス食堂があって、旅人たちに食事を提供してるんだ!人間――魔導族の旅人だって、僕たちの食事を食べて、喜んでるんだからね!』


 ベルカは自慢げに胸を張った。


『そうなの、じゃあ、ぜひ大リス食堂自慢の夕食をアキラに食べさせてあげて』


 シュナはアキラが喜ぶ顔を想像しながら、ベルカに微笑んだ。


『ありがとう、シュナ!アキラにそれを伝えてくれる?』


 こうして、シュナがアキラに事情を説明してる後ろ姿を見て、ベルカは不敵な笑みを浮かべた。


 ごめんね、シュナ。アキラは今夜から、僕にベタベタすることになるよ。

 明日からは僕とアキラの後ろをシュナが一人で、トボトボ歩いてね!


 ベルカは心の中でそう呟いた。


 それからベルカの料理が始まった。


 先ほど頼まれて取り出した食材袋とは別の、ベルカ自身が集めてきた食材が惜しげもなく出される。

 そして、包丁を手にすると、リスとは思えない慣れた手捌きで食材の下ごしらえをしていった。


「すごいね、ベルカ。本当にコックさんみたいだ」

 アキラは次から次へと流れるように料理をしていくベルカに目を輝かせていた。


 お料理に関しては、目下修行中のシュナも、アキラから分けてもらったメモを片手にベルカのレシピを書き留めながら感心していた。


 そして、30分もしないうちに、ベルカ特製晩御飯は完成した。


 異世界マスの燻製と香草をつかったパスタに、異世界豚のベーコンや四角玉ねぎが入ったコンソメスープ、風小麦で作ったフワフワパンと、夢咲島特産の夢イチゴのジャムが添えられたヨーグルトなど、森のコックの名に恥じない料理が並んだ。


「これはすごい、森の中のキャンプとは思えないよ!」

 アキラとシュナは目を丸くしながら、ベルカの料理に箸をつけた。


「――ッ!これは、うまいっ!」「ホントおいしいッ!」

 二人は予想以上の美味しさに顔を合わせて驚き、笑顔で食事を続けた。


 ふふふ、これでアキラは僕のことが一番好きになるはず!


 そう確信していたベルカの瞳に予想外の光景が映った。


 アキラとシュナがべったりとくっついて、嬉しそうに食事をしながら、時折、シュナがアキラにアーンしてあげたり、アキラがシュナにアーンしてあげたりしているのである。


 ベルカ、完全なる大誤算。


 これではまるで、愛するカップルの為に料理を提供した『ただの森のコックさん』ではないか。二人がラブラブする時間を、素敵な料理で演出してどうする。


 その光景に段々と我慢できなくなったベルカはシュナを指さして叫んだ。


『ちがーーう!!こんなんじゃない!』

 ベルカは鼻息荒く続ける。


『僕はアキラに料理を気に入ってもらって、僕のことを大好きになってほしかったの!!それで、いつも肩に乗せてくれたり、抱っこしてもらうために作ったのにッ!!それなのに、なんで、なんで僕の料理でアキラとシュナがもっとラブラブしちゃうんだよッ!!』

 ベルカは魔獣語でちょっと怒り混じりに叫んだ。


 当然ながら叫びは魔獣語。

 アキラには、いつも通りの「キュー!」という声にしか聞こえない。


「うん、頑張ったんだね。美味しいよ、ベルカ!」

 言葉が通じない相手では、どうにもならなかった。


 一方、話が通じる方は……。


『あら、そうだったのね。ごめんね、べルカ。そうとは知らず』

 シュナは初めて聞いたベルカの想いに、上っ面だけの謝罪をした。


 ――が、


『でも、「アキラと私の間を邪魔しない」は最初に決めたルールよ?美味しい食事を作ってくれたとて、私は変更する気ないわよ?』

 シュナの強気な態度も揺らぐことがない。


『そんなことは分かってるよ!でも、四六時中すぎて、僕が入り込めないじゃないか!そんなのズルいよ!!僕だってアキラにくっつきたい!』

 ベルカも絶対に引かない。


『分からなくもないけど、あなた、男の子でしょ?だったら大リスの女の子でも探してくればいいじゃない。アキラは男なんだから、ベルカとアキラ、男の子同士でイチャイチャするのは変よ』

 シュナが肩をすくめながら、そう答えた時、ベルカは叫んだ。


『なんだよそれ!!僕は男じゃないぞ、れっきとした女だぞ!シュナと同じじゃないか!』


『……え?ええ!?……そ、そうなの?』


 そう、ベルカはメスの大リスであった。


 彼女は今まで一度も、自分が男だとは一言も言っていない。

 ただ一人称が「僕」の、いわゆる『僕っ子』女子であった。


『そうだよ!なんで気付かないのさ!!普通気付くでしょ!僕だってアキラの事が好きだし、アキラに少しくらい、くっ付きたいんだよッ!』


 それからの時間は女同士の譲歩案の綱引きが始まり、それは深夜まで続いた。


 何を言ってるのか分からないアキラは、きっとこの先の進路について、二人は話し合っているのだろう、くらいにしか考えてなかった。




 そして、深夜。



『分かりました。ベルカの想いは伝わったので、私も少しだけ譲歩しましょう。』


 それは、シュナの定位置、「アキラ正面向かって右側」は絶対に侵略しないこと。

 抱っこは自分からの催促は禁止、ただし、アキラからの抱っこ要請は不問とする。

 というルールで、女同士の戦いの幕は下りた。


 深夜まで続いた激戦がやっと終わり、ベルカは大樹のてっぺんまで登って、夜空を見上げた。

 雲一つない満天の星空に包まれた大樹海の森に、静寂が戻ってきた。


 ベルカは大きなあくびを一つすると、地上へと戻り、満面の笑みでアキラの左側で眠りについたのであった。


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