おまけ「アンの飲石鍛錬、聞かなきゃよかった話」
授業もバレンタインも全部終わって、少しだけ空気がゆるんだ放課後だった。
寮の裏庭のグラスハウス。
アンがいつもの机でメモを書いていて、ガラス越しの光が紙の上に四角く落ちている。
私は温かいハーブティーを二つ持って、向かいの椅子に腰を下ろした。
「ありがと」
アンはペンを置き、マグを両手で包んで一口飲む。
(……今だ)
私は意を決して口を開く。
「ねえ、アン」
「ん?」
「前にさ。“全属性、体に入れてる”って言ってたでしょ」
「……言ったわね」
「ずっと気になってたんだけど。
それって、どうやったの? というか、そんなの本当にできるの?」
アンはカップを机に置いて、少しだけ黙った。
それから、前置きみたいに息を吐く。
「——あまり話さない方がいいと思うんだけど」
「どうして?」
私が聞き返すと、何気ない顔で飲み口を親指でなぞりながら、さらっと言った。
「発想すらない。それが一番安全だからよ」
「え」
背筋がちょっとだけ伸びた。言い方が物騒すぎる。
「……でも、もう聞いちゃったもの。おかげで気になって仕方ないんだから、責任取ってよ」
「責任ねぇ……真似しないって約束するなら」
「それは、いまこの場で誓える。もともと複数持ちだし、大丈夫。絶対しない」
「まあ、それもそうね」
ようやく、アンが説明モードに入る。
「じゃあ、短く。まず前提として——私の元の適性は“氷寄りの水”なのね」
「うん」
「氷って、水と風の複合として扱われることが多いでしょう? 何度もリープして同じ授業を聞いてるうちに、ふと引っかかったの」
「引っかかった?」
「“じゃあ私、無意識に風も触ってるんじゃない?”って、そこから。
その頃は“ソフィアを助けるための手は多い方がいい”って思ってたから……“複数の属性を一人で持てるのか”を調べ始めた」
「なるほど……そこまでは、まだ普通」
さらりと出た『ソフィアを助けるため』のところで、胸がちくっとしたけれど、口を挟まずに聞き続ける。
「で、文献を漁ってみたけど——
生まれつき複合の人の例はあっても、『途中から増やしました』は、ほぼゼロ。まともな本には、何も載ってなかった」
アンは机の上に指先で小さな円を描く。
「まあ、そうよね……」
でないと、全属性持ちの“ソフィア”が目立つわけない。
「そこで視点を変えたの。
——魔道具って、魔石をコアとして道具に入れて、その魔法を“借りて”るわけでしょう?」
「うん」
「じゃあ、“人間のほうにコアを寄せた例”はないのかって。
つまり、“魔石を体の内側に置いたらどうなるか”」
「ん?え、アン?」
ものすごく嫌な予感。
「……やったの?」
「さすがにいきなり自分で試したりしないわよ。
まず医学文献をあさったの。事故の記録を」
「事故……」
「案の定、あった。——“魔石を誤って飲み込んだ事例”の報告書。兵士と、子どもが多かったわね」
「電池飲んじゃった事故レポートを読んでる気分なんだけど」
「電池?」
ぼそりと呟くと、アンがきょとんと目を瞬いた。
「ううん、前世の話。——続けて」
「ええ。
——でね、その報告書の後遺症の欄に、ぽつぽつ書いてあったのよ」
一枚の紙をなぞるように、人差し指でテーブルをとん、と叩く。
「『飲み込んだ魔石の属性の魔力を、のちに微弱に扱えるようになった』——って」
「……つまり」
「理論上は“可能” ってことね、って理解した」
「理解しちゃったかぁ……」
私は天井を仰いだ。ガラス越しの空が無駄に澄んでる。
アンは淡々と続ける。
「そこから次は、禁書庫に。
そしたら、古い鍛錬法として、ちゃんと載ってたの。“飲石鍛錬”」
「待って。待ってアン。
今、“ちゃんと”って言った?
絶対ちゃんとしてないわよねそれ」
「まあ、“正規”じゃないわね。
外法 の分類だったし」
「外法!?!?!?」
思わず立ち上がりそうになった腰を、椅子の背がなんとか受け止める。
アンはどこか遠い目で続けた。
「ええ。でも、ちゃんと“正しい手順”が書いてた。
“適性のある属性を基準に、少しずつ近い属性から刻んでいくこと”
“いきなり反対属性を入れるのは厳禁”って」
「厳禁で済む話じゃないと思うんだけど」
「で、とりあえず自分の適性もある水から飲んでみて……」
「飲んだのね?」
「ええ。
最初はごく薄い水属性の魔石を、一度にほんの少しずつ。
魔法を発動させたまま、溶けきるまでずっと回路を意識し続けるの。」
「それ……聞いてるだけでキツそうなんだけど」
「そうね。声も上げられないってああいうことだと思うわ」
「シレッと言わない!!!!」
曲げた指の爪の隙間を親指でいじるアンに、私はバン!とテーブルを叩く。マグがガタンと揺れた。
アンは苦笑して、手のひらを向ける。
「まあまあ」
——じゃないわよ、まったく!
「水でなんとか“通る”のを確認してから、氷。
そこに風。地。——ここまでで、一回、本気でやめようか迷ったわね」
「迷った、のね?」
「迷った。三秒くらい」
「短い!」
「でも、“いつどこでどんな手が要るか分からない”って思ったら、やめる理由にはならなかったのよ」
苦笑まじりに言われて、また胸の内側がぎゅっとなった。
「で、火。
これがいちばんきつかった」
「……そりゃそうでしょうね」
「自分の適性、氷寄りだったから。
ほぼ真反対よね。飲んだ瞬間、喉から胸まで全部、“灼ける氷”みたいだったわ」
「……“灼ける氷”って表現が出てくる時点でおかしいのよ」
「一回吐きそうになったけど、吐くと逆に危ないって書いてあったから、必死で堪えて」
「やめなさいよそこで!!」
「やめなかったのよね、これが」
アンは肩を竦める。
「ただ、火を入れ終わったところで、『ああ、これ以上は本当に危ないな』って、自分で思った」
「そこでやっと?」
「そこでやっと」
「遅いわ!!」
素で叫んだら、アンが小さく笑う。
「聖と闇はね、火のあとに、かなり慎重に少しだけ試したの。
……でも、あの二つはやっぱり“別枠”っていうか。
他の属性みたいに“自在に使える”ってほどには馴染まなかったわ。
だから、今は“適性として入っているだけ”って言い方をしてるの」
「なるほどね……」
私は腕を組んで、深くため息をついた。
頭を抱える私を見て、アンが申し訳なさそうに笑った。
「……全部入れたのは……どのくらいの期間で?」
「長い時間。周回ごとに一つ二つと増やしていった。試すたびに寝込んで、回復して、また次へ。まあ、時間はあったし……。でも、今思えば、体に刻んだ属性を次の周回にも持ち越せたのってかなり救いだったわね」
また軽い言い方だけど、想像するだけで胃が痛い。
「まとめると」
「ええ」
「アンは、魔道具の構造を見て“人間でもコア増やせるんじゃない?”って考えて、
事故報告と禁書ひっくり返して、古い鍛錬法を見つけて、
実際に、体を焼きながら少しずつ全部試してみた結果、
今の“全属性入りだけど、聖と闇は適性止まり”状態になった、と」
「そういうことになるわね」
「…………」
私は両手で顔を覆った。
ハーブティーの香りも、じんわりした温度も、全部どこかへ消えていた。
「ドン引き、してる?」
「……してる。めちゃくちゃしてる」
「よね」
アンはあっさり認めて、少しだけ視線を逸らした。
ゆっくり息を吐いてから、私はマグを持ち直した。
「……あと、怒ってもいる。正直」
「……ええ」
「怖いし。
それで、あなたの体に何か起きてたらって思うと、嫌。今のあなたが倒れてないのは運がよかったのよ」
「うん」
「でも——」
私は顔を上げる。
ちゃんと正面から、アンを見た。
「それでも、“あなたがソフィアを助けたいと思って、そこまでやった”っていう事実は、簡単に否定したくない」
アンの目が、わずかに見開く。
「でももうやらせない。私もちゃんと自分を守る」
「……ふふ。やっと“ハーレムのため”じゃない動機が出てきたわね」
「やめて。黒歴史を蒸し返さないで」
二人で小さく笑う。
少し遅れて、胸の中が落ち着いた。
「確認よ、アン」
「なに?」
「飲石鍛錬は——」
「もうしないわ。
充分すぎるほど刻んだし、リスクの割に得られるものも分かったし。」
私は深くうなずいた。
「よろしい」
「先生みたい」
「ディーン先生を見習ってるのよ」
ガラスの向こうで、夕焼けが少しだけ色を変える。
私たちはそれを眺めながら、冷めかけたハーブティーをもう一口ずつ、飲んだ。
(……聞きたくなかった。
でも、聞けてよかった)
そんな、なんでもない日の、なんでもないおまけ話。
アンの壮絶!?な鍛錬時代の話でした笑
二年目は本当にこれにて終幕です。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。
次回から【三年目】へ行きますが、ちょっと情緒が一気に切り替わるのと、投稿準備のためにお時間いただきたく…!
一日だけあけます。よろしくお願いします。




