2-26.公開と助言
アンがほんの少し頭を押さえている。
「へぇ」
フィンが口元だけ笑う。けれど次の瞬間、紫の瞳がかすかに細まった。
「全部、って本当に? “全部の同時運用”で言えば、この学園じゃソフィアちゃんくらいだ。外でも指折りだよ」
その声色は相変わらず柔らかいのに、わずかに本気の色が混じっていた。
リックが重苦しそうに呟く。
「お嬢……アンが……“全部”? 得意は水と氷だけだったはずだろ」
「……増やしたのよ」
アンがため息をつく。
「あと、全部と言っても聖と闇は上手く使えるほどじゃない、適性だけ“体に入れてる”って程度」
「いや、そう言ったって……」
「一回だけ見せる?」
そう言って、アンはため息まじりに導魔板へ手を伸ばした。指先が触れる。
少しして、色とりどりの光の棒が立ち上がった。
水と氷の柱は頭一つ抜けているが、風も火も、土も——同じ高さできっちり揃う。ただ、その、色の帯の中に細かい屑みたいな光がチカチカ混ざっている。
最後に、白と黒の光が、かすかに灯ってすぐ沈んだ。
「ね。純粋じゃないし、聖と闇は“ある”だけ。魔石を介せば扱えるって具合ね」
フィンが小さく息を呑み、リックは頭をかきむしった。
「ただ、何にしろ正規のやり方じゃないから、大っぴらにはしたくない。今は、必要なら使う」
「正規のやり方じゃないってお前……」
何か言いたそうにするリックだけど、言葉が続かない。アンも答えない。
私は手を打った。
「じゃあ——ふたりで分ける。私が受け手、アンが支える側。こぼれた分を“緩やかに”引き受けてもらう」
「それくらいなら、できる。主旋律は歌えないけど、バックコーラスってことね」
アンは紙を引き寄せ、簡単な図を描く。大きな円のなかに、三つの小さな点。それから、円の縁にかかるように小さな四角。点を叩いて「私たち」、四角を叩いて「ここが逃し口」。
「まずはフィン先輩の余剰をソフィアへ。ソフィアは、それを、私の胸元とこの口へ通す。私は、それと、ついでにこぼれた分も集めて、薄めて散らす」
「胸元?」
「鎖骨の下あたり、ここ」
首を傾げた私に、アンが自分の左の鎖骨下を服の上から軽く叩いて示した。
フィンが肩をすくめて、またいつもの調子に戻った。
「まぁ、僕は任せるだけだしね。驚かせてくれる後輩が多いのは、悪くないよ」
「式はもう少し練ります。時間ください」
アンの真剣な目に、フィンは頷いた。
そこへ。
「お嬢」
リックが声を挟んだ。
「必要なものがあるならちゃんと言え。それだけだ」
アンの動きが一瞬止まる。それから肩の力が抜けたみたいに一言。
「ええ、わかってる」
私の背筋が自然と伸びた。
✳︎
聖夜まで残り二週。
期末試験と並行して(「今回は特別」って、アンが全試験問題の、記憶している部分を書いた問題集まで作ってくれたからなんとかなった。反則級だ)、アンと協力した仮の式が出来上がった。先輩は試験も休み休み受けていて、いない日もあった。
試験が終わるとすぐ、短時間だけ、三人で手をつなぎ、リックの計器で流れの強さを見た。
ちゃんと三人の間で“流れ”は見えたが、共鳴鈴が一瞬だけ過剰に増幅。アンが指の角度を二度変えて収束した。
そして、日を改めた今日、今度は祈りの言葉を一文だけ唱えた。
誓灯祭で学んだとおり、相手を縛る言い回しは使わない。
フィンの脈が少し落ち着き、私の指先は少し痺れる。アンがその痺れをやわらげる——図の通りにできている。
けど——途中で、フィンが、ちらと私の耳に視線を落とし、半分冗談みたいに言った。
「……そんなに真っ赤にして。僕のほうが照れるよ?」
声が近い。
「っ……! 測定に集中してください!」
私の声が上ずって、計器を見ているリックがぶっと噴き出してぼそり。
「お前こそ集中必要だろ」
「外野、うるさい!」
「全員、集中」
「「「はい」」」
アンの低い声に、みんな沈黙した。
「いけそう」
週末の実験後、アンは短く言って、次の紙をめくる。
「もう少し式を仕上げる。それと、本番の時間と場所だけど……」
「……場所は、礼拝堂」
私はぼそりとこぼした。
アンがほんの一瞬、表情を硬くした。間を置いて静かにこちらを見てくる。リックとフィンは少し遠い。ふぅ、と息を吐いてから、アンの表情が戻る。向こうに届かない声量で聞き返された。
「なるほど。……そこで、なのね?」
「う……」
顔に熱がこもる。経験したのは“私”じゃない。テキストと挿し絵で“読んだ”だけだけど。
アンはほんの少し考え込むような顔をしたあと「礼拝堂……なるほどね」とひとりで頷いた。
「聖域×聖夜×恋人としての接触……三つのトリガーが重なって閾値を超えたわけね。となると、ソフィアの言う通り今回の場所も合わせた方が良さそう」
「っ……そう思うわ」
「じゃあ、それで準備しましょ」
アンがリックを呼ぶ。
「どうした」
「当日、礼拝堂に忍び込むことになったの」
リックが片眉をあげる。
「そりゃ罰当たりだな」
「罰当たりというより校則違反なのよね」
アンが肩をすくめると、「ああ」と納得したように腕組みした。
「了解。監視具、もうひとつ作っとく。人が来たらわかるやつな」
「お願い」
簡潔。
「あと——フィン先輩」
「なあにー?」
「大気の魔が一番濃くなる時間帯ってわかりますか」
「あー、そういうのなら零時かなあ。境界に近い方がやっぱりねぇ」
「わかりました。ありがとうございます」
私はアンと目を合わせた。場所と時間、決まった。
✳︎
聖夜まで一週・助言と仕上げ
外は粉雪になる手前みたいだ。息が白い。渡り廊下のリースの鈴が、風で小さく鳴った。
職員室は紙とインクの匂い。試験の返却後で質問にくる生徒も多い。珍しく花鳥園や飼育小屋でなく、そこにいたディーンの机に、アンが走り書きの紙束を置く。
「先生、式、見てもらえますか。手を繋いで魔力を分けるやつです」
「人と人の間で魔力を移動させるのか。高度だぞ」
ディーンはそれに目を落とす。しばらく静かに読んだ後、一言おいた。
「円じゃなく楕円だな。きれいすぎる式は、人をこぼす」
それからペンを手に取る。
「三人座るなら、そのほうが流れが素直に通る。長径線上に一直線。逃がし口は二つ——床と、散らす役の鎖骨下、これはこのまま採用。道が一つだと暴れるからな」
さらさら。ディーンは横端(短辺側)に手のひら半分の四角を描き足した。
楕円に小さな窓が描かれる。
「……誰がするんだ?」
顔を上げたディーンは、私たちを交互に見た。
「誰も。ちょっと理論が気になっただけです」
「そうか」
お礼を言って立ち去る直前、先生は少しだけ考えてから言った。
「“お守りをもらって落ち着く”——みたいなことも力の移動だ。理屈にこだわりすぎるな。気持ちを軽くする道は、いつだって複数ある」
その台詞は、先生とのルートで出てきたことがある。恋愛ルートへ入る直前の最後のシナリオ。つまり友好度最大時のだ。もう攻略しようとはしていないのに。
(補正かもしれない。——でも、嬉しい)
人として。
「ありがとうございます」
私はきちんと振り向いて頭を下げた。
✳︎
聖夜三日前・グラスハウス
「決まった」
最後の実験後、アンが大きな紙に線を書きながら言う。
「うん」
私が受ける。
「先輩と私が手でパスをつなぎ、チョークで書いた楕円の式の座に一直線に三人で座る。逃がし口は床とアン。私は“受け”て通す、アンが“ならし”て逃す。フィン先輩の“余剰”を聖で通す——それが私たちの式。」
「決行は聖夜零時の礼拝堂」
二人で、目を合わせて頷きあった。
次回【礼拝堂の下見と初めての発露〜アン視点〜】




