2-25.小さな実験確認とアンの秘密
窓の外が灰色だ。掲示板に期末の座席表が貼られた十二月の上旬。
「はいはい、配達ついで。呼ばれたから来たぞ」
その日は、グラスハウスにリックが革エプロン姿で試作品の箱を抱えて現れた。油と真鍮の匂いまで一緒に。
「久しぶり」
「おう、元気そうだな」
私がそっと近寄ると、リックが箱を置いて顔を上げる。
「もう大丈夫か」
「うん。ちゃんと“届ける”」
「おう、手伝う」
そんなやり取りを短くしたあと、リックはすぐに箱から必要なものを取り出して、アンに投げた。
「手首に巻くやつ。人肌に反応する。実験するんだろ」
「助かる」
アンが頷く。
「フィン先輩も呼んであるから」
ほどなくして、紫の髪にひょうひょうとした笑みが現れた。
アンがフィンの手首にバンドを巻きながら言う。
「先輩、今日は手を繋ぐだけのテストです」
「へぇ、光栄だね。どっちと?」
「私」
私は緊張しながら手を差し出した。私の手首にも同じバンド。指先が触れた瞬間、私のバンドの青い目盛りがふるっと震えて+に増え、反対にフィンのは−に振れた。すぐ戻る。
「……入ったな。微弱だけど、流れた」
リックが覗き込んで言う。
「へぇ……今までソフィアちゃんに触れたら少し楽になるの、気持ちの問題だと思ってたけど、ちゃんと数字で出るんだ」
フィンは感心したように腕を組んで頷いた。
アンがメモにすらすら。
「触れれば流れるは確認。次——恋人限定の理由。仮説は“濃い接触の方が流量が増える”」
私は、言いづらい話題を噛んだ。
「先輩、失礼承知で。──先輩、他の方と……ええと……」
「“遊んだ”こと? あるけど軽くなったことはないね。むしろ疲れることも」
「い、言い方ぁ!」
顔を覆った横で、リックがわざとらしく咳払いをした。
「まあ、重要な統計だな」
「ええ。誰でもじゃないってことが、これで証明できた」
アンが淡々と書き記す横で、私はまだ顔が熱い。耳の横を押さえたまま、こくこくと頷いた。
「んじゃ、次」
促されて、切り替えるように導魔板に私は指を載せる。
色とりどりの光の棒が円形にすっと立ち上がって、伸びた。その中でも特に白い光が長くて強い。この前のフィン先輩の黒の光と似た程度にある。
「本当に全色綺麗に揃ってるんだね」
フィンが感心したように腕を組み、リックが「すげぇな」とぼそり。
その横で、アンは冷静に頷く。
「やっぱり、ソフィアは聖の導きが突出して得意」
そう言いながら、導魔板の端をこつんと指先で叩く。
「器の問題ね」
「先輩の余剰を、私が“受けられる”?」
「ええ、でも、濃い接触を避けて……たとえば手だけだとパスが細くて、全部受けきれない可能性がある」
「魔道具で分散の補強するか?」
「それも手だけど、聖の魔石は市場にあまり出てこないでしょ。今すぐ作ってもいいけど……どっちにしろおそらく時間が間に合わない。なにより、先輩の魔力、もうずっと溜めてるからでしょうけどかなり重い。それで捌ききれなかったら……」
「逆噴射。暴発。コストとリスクが高すぎるな」
アンが眉間に皺を寄せ、リックが腕組みしながら話しあう。フィンは遠目から短い息を吐きながら見守っている。
そこで、ふと気づいて、私はアンを見た。
「ねえ、アン。あなた、いま、聖の魔石、作るって言った?」
「え? いいえ、どちらにしろ間に合わないでしょうし、リスクもあるからそれは……って……」
普通に話しかけて、途中で何かに気づいたみたいに言葉を詰まらせたアンを見て、確信する。
「ねえ」
じわり、と何かが胸の内側を撫でた。
ひとつ息を吸う。
「アン。あなた、魔法の腕、教室で見せてるやつよりずっと高いわよね」
口にしたのは質問じゃなかった。
「同じ教室にいたのに、私はいつも別の誰かの反応ばかり追って、あなたの手つきを“見ないで”きた」
「……」
「でも——ランタンの夜に私に灯籠が倒れてきた時、氷と風、上手に回してくれたの、あれ、アンよね。
授業や人前で見せるのは水だけだったのに……本当は、他にもあるんじゃないの?」
じっと見つめる。
アンが小さく視線を落とす。
それから、ぽつりと言った。
「……全部、いける」
残る二人が息を飲んだのがわかった。
もしかしたら、前から「あれ?」と思っていた方もいたかもしれませんね。
次回【共有と助言】




