2-24.測定と調べ
週末、ようやく測定室が空いた。
石の壁が音を吸う。
壁際に、古い導魔板と、脈を見る水銀柱、共鳴鈴。窓は西日で薄く金色。
引き戸が、がらりと開く音に振り向く。
「やあ、待たせたかな」
紫の髪が揺れた。
「いえ、時間ぴったりです」
入ってきたフィンに、私は首を振る。
「それより体調は」
「今日は大丈夫。あ、アンちゃんもいるんだね」
フィンは、アンを視界に入れて、さらりと触れた。
「はい」
アンも軽く頷くだけで答えた。
「……時間はかけないようにします。そこに座って、力を抜いてください。深呼吸を」
声は落ち着いている。フィンはベッドに腰掛け、私はメモを持ってアンの横に立った。
「痛いことは?」
「見るだけです。ね、アン」
「ええ」
アンが頷くと、彼は小さく肩をすくめる。
いつもの軽い笑みを口元に浮かべながらも、喉の上下がわずかに速いのを、私は見た。
「まずは、これ」
アンがフィンの前に引っ張ってきたサイドテーブルに、そっと、導魔板を置く。中華ファンタジーに出てくる羅盤みたいな円環の模様が入った板だ。
「これ、歴史書とかで見たことあるよ」
「はい。古い時代の測定鏡ですね。あれが見るのは生来の適性だけですけど、こっちのほうが他の影響も混ざってる場合にちゃんと拾えるので」
アンの説明に、ふむ、と言いながらフィンが上に掌を置く。少し待ってから、紫と黒の色の光が円環に沿って、ぶわりと立った。雷と闇魔法との適性が高いってことで、これは彼の魔力として合ってる。
私は板から目を上げて聞いた。
「これ、見解は?」
「綺麗な色だから、呪いとか、大気の魔に侵食されてるとかの外部要因はないってこと。純粋に生来の魔力が高い」
アンが答えた。
次に共鳴鈴。
「手に持ってください」
言われて、糸で吊った小鈴をフィンがつまむように胸の前にかざす。
普通なら、この鈴は微かに揺れたあと止まるらしい。けど、フィン先輩の持った鈴の揺れは収束しなかった。胸の鼓動と合わないまま、続いている。
(これはしんどそう)
「……長いわね」
「ええ。溜まってる反応」
アンは表情を変えず、肩口と手首の脈も触る。
「脈が二重」
「ああ、それは昔から医者にも指摘されてるよ。魔力をめぐらせる核の拍動と心臓がずれてるらしい。抑える薬はあるけど、根は触れないってさ」
「ええ……先輩、少しだけ外へ逃がす手当をしますね。ゆるめるだけ」
「?」
そう言うと、アンは袋からメリッサの葉を一摘みして、小皿に満たした水に浮かべた。指の腹でその小皿の水に円を描き、冷たさだけを立てて、スッと離す。
指と水面の間に、香りを纏う霧状の白い帯が伸びた。それを胸骨の際にそっと置く。染み込むように霧がもわっと一瞬広がって、彼の体の中へ。
そして背から抜けた瞬間。フィンの睫毛が震えて伏せ、胸の上下がほんの少し深くなった。
私は目を瞬いて聞く。
「えっと、楽?」
「……うん。“騒ぎ”が静かになったみたい。部屋の隅に人を移した、みたいな」
比喩がやけに正確で、私はペン先を止める。
フィンも、少し驚き混じりの感心した目を向けていた。
「この術、なんていうやつ?」
「古い本に載ってる魔法です。でも麻酔みたいなもので、根本の解決にはなりません。……それより」
アンが渡し、フィンがもう一度だけ共鳴鈴をかざす。今度は揺れの尾が短くなった。
「やっぱり、出どころは中。外から“入ってくる”類じゃない」
「“持って生まれた流れ”が、人の器より多い……ってことよね」
「可能性が高い。だから、必然的に核の拍動も多くなるのね。妖精由来の回路が、人の身体と噛み合ってない」
フィンは冗談めかして片目をつぶる。
「つまり僕は、“音量を下げ忘れた楽器”」
「うるさくて壊れる前に、ボリュームを流して落とす道を作る。……たぶん、それ」
アンの声は静かだった。私は欄外に大きく一行だけ書く。
結論——外から入ったものではなく、内の“過剰”。妖精由来の魔力が人の器に多すぎる。
メモを閉じ、私は深く息を吐いた。
それから、言う。
「よし、図書塔に行きましょ」
「ええ、探す」
西日の金色が、測定室の白い壁をゆっくり撫でていた。
✳︎
石造りの塔の中は外より少しあたたかい。背の高い棚のすき間から、埃と紙の匂いが立つ。
アンが一冊を抜き、私のところへ運んできた。革表紙には金の箔で「王と妖精」とある。
「ここ。妖精が初代人間の王に力を分けた話」
「お伽話じゃないの?」
「お伽話でもあり史実でもある。授業でも話してたでしょ」
「神話みたいなものだと思ってた」
「まあいいけど──ここ、“縫い道を合わせ、導きを通す”。要は、パスを繋げて魔力を流すってこと」
「人と人でも、できる?」
「可能性はある。ましてフィン先輩は妖精の血を引いてる。線は濃いわ」
さらにアンは書架から何冊も抱えてきた。
「『魔力循環と共鳴』『交感契約史』『秘儀の記録Ⅰ〜Ⅲ』『妖精と王権』『供儀の道と接続理論』……全部それっぽい」
「タイトルだけで頭痛いんだけど……」
「でも情報は多い方がいい」
私は本を抱えたまま苦笑い。とりあえず全部に目を通すには少し時間がかかりそうだけど──
「よし」
両頬を挟むように手で叩いて、机に向き直った。




