2-23.並ぶ。
寮の窓を叩く北風が、か細い口笛のような音を立てていた。枯れ葉が音を立てて転がる。
学園の空気は、冬へ傾きはじめていた。
(……何からしたらいい? 迷ってる時間、ない)
誓灯祭の次の日、フィン先輩に「助けたい」と言ってからも、校舎で見える彼の姿が増えたりはしていない。その割には噂が静かすぎて、誰も深く触れないその沈黙が、かえって不吉に思える。
自分の部屋。膝の上で組んだ手をぎゅっと握りしめ、私は椅子から立ち上がる。
扉を出てすぐ、隣——アンの寮の部屋の前に立った。
ノックしようとしたその時、反対側の廊下から声がした。
「ソフィア」
振り向くと、アンがいた。温室帰りなのか、髪に小さな花片をいくつかつけたまま。私が視線をそこに向けたのに気づいたのか、彼女は指先で花片を外しながら、短く言った。
「フィン先輩のこと、よね」
胸が跳ねる。私は頷いた。
「……助けたいの。どうしても」
声にした途端、喉の緊張がほどける。
「でも、やり方がわからない」
「なら、一緒に考えよう」
あまりにも迷いなく言うから、思わず顔を上げた。
「……いいの?」
「ええ。私も——ずっと助けたかったから」
その声色は軽やかなのに、言葉は重い。
(そうだ。フィンのことは、アンもずっと見てきたんだ。私以上に、目の前にいながら、諦めてきた——“ソフィア”のその時の恋路を優先して)
胸が重くなる。
一年前は私のハーレム計画の邪魔ばかりする敵だとしか思っていなかったけれど、その邪魔の裏でどれほどの覚悟をしてくれていたのか。
風が強まった。初冬の気圧。雪にはまだ早い。
「計測器をいくつか借りる。古文書も当たろう。……ほんの少しだけ、アテはつけてるから」
アンが振り返って歩き出す。その速さに、決断から行動への慣れを感じる。
早足で並ぶ。
(切り替えよう。いまは——)
——攻略じゃない。人として誠実に叩く。行動で。
十一月下旬。聖夜まで残り四週。
✳︎
研究室のランプが机の上だけを丸く照らしていた。
「整理しよっか」
アンが白紙を三枚並べて、さらりと言った。
「どうしてソフィアと恋人になった時だけフィン先輩が助かるのか」
紙の上に線が引かれる。二本。
「あと、恋人になったからって必ず助かるわけでもなかった」
さらに一本の線が途中で枝分かれして、その一方の先にだけマルを書いて、アンがペン先で突く。
「この分岐点が聖夜よね。その日に何が起きたのか。翌日から目に見えて、先輩の体調は安定した。私は、恋の手助けはしたけど、“ソフィア”の全てを監視してたわけじゃない。だから、そのへんハッキリとは知らないんだけど」
チラリと視線をよこしてきた。
耳の下がじわりと熱くなる。
「助かった周回の聖夜は……」
私は目を泳がせ、机の端の紙束を一枚ずつ整えた。
「えーと……テキストでは“一夜を共にした”って……アリマシタ。R15くらいの書き方で」
一拍の間。二人して赤くなる。
アンがこほん、と咳払いした。
「まあ、想定はしてたけど。これで確定ね。
……恥ずかしさは、一旦棚に」
「上げないでよ!」
私は抗議の声をあげる。
「でもまあ、身体接触が鍵、よね、やっぱり。キスで呪いが解けるとか定石だし……いや、でも……」
まだ真っ赤な顔で呟く私を、アンが半眼で見てから言った。
「ソフィア……あなた、その調子でよく“ハーレム作る”なんて言ったわね」
「言わないでっ!!」
机を叩いた音が、やけに大きく響いた。




