2-19.誓灯祭・塔の詰まり〜アンside〜
広場の四方に下げられた小鈴が、風に合わせて時々ちりんと鳴るなか、みんなが思い思いのタイミングで灯と札を捧げていく。
私はそれには混ざらずに、木立の陰から、会場に渡した風避けの魔道具装置の縁をなぞっていた。
名前は風柵。火の粉が周りの人に落ちないよう、目に見えない風の筒を塔の口から上空に敷いている仕掛け。リックのお父さんに依頼して作ってもらったものだ。
「……風向きは、北西。誘導、良し。風柵、良し」
点呼をとるみたいに、指を差しながら安全確認——していたところへ、横から低い声がした。
「アン」
サーチェスだった。
礼装のマントを羽織った姿で立つ表情に、どこか緊張の色が見える。
どうしたのかと思った時——
「……塔まで。君の灯、俺が持とうか」
そう言われて一瞬だけ息を呑んだ。
この夜、この国で“灯を預かる”系の言葉は、ほとんど告白だ。
喉が渇いて、舌がもつれかける。けれど、動揺を見せないように、はっきりと言う。
「ありがとう。でも——誓いは今夜はしないつもりなの。会場のほう、お願い」
すると、彼もどこかほっとしたような顔になる。
「わかった。今日は護る。……言い方が下手で悪い」
それから短く会釈し、「何かあれば呼べ」とだけ残して列の誘導へ戻っていった。
ホッと胸を撫で下ろす。
同時に、もしかしたら今のは普通に護衛のつもりだったのかもしれない——そう言い訳して、去っていく背中に湧きかけた罪悪感を、いったん胸の奥へと沈めた。
✳︎
すこしだけ、広場を歩いた。
人の波を避けながら、遠目に塔の周りを見る。
家族で来ている人。友達同士でわいわいしている子。それぞれ白や橙や紫のランタンを持ち歩く。
その列に、祭礼装の露草色の仮面をつけ、白いドレスを着たローゼリアが立っていた。
目元は隠れているが、赤い巻き髪と姿勢ですぐにわかった。
あと、隣でガードマンよろしく威圧感を発しながら腕組みをしているアレスも目立つ。
「よろしければ。誓いの詞を、さらに効くように言い回しを整えますよ」
夏のマーケットにもいた“囁き屋”が、いつの間にか塔の脇に小屋掛けしていた。
赤い房飾りの下、並んだ見本の木札。悪意の気配はない。ただ“効かせる”ことに忠実な匂い。
「たとえば『アレス様のそばを決して離れません』。どうです? 強い言葉で、よく伝わる」
ローゼリアの指がぴくりと止まる。
それから静かに息を吸って、囁き屋から視線を外した。アレスは、苛立つような、困っているような目で彼女を見る。
「……私は、“効く”より、“正しい”ほうを選びますわ」
丁寧に微笑んで、ローゼリアは自分の札に自分の筆致でさらさらと書いた。
アレスがふん、と鼻で息を吐く。
「……ああ。お前の言葉で書けばいい」
囁き屋は肩をすくめて、邪魔をせず一歩下がった。
塔の火はこの時までまだ静かだった。
白い火は素直に上がり、塔の音も落ち着いていた。捧げる言葉も軽い——「励ます」「待つ」「学ぶ」。たまに混ざる「誰かと添い遂げる」みたいな誓いも、炎の色を少し橙にするくらいの可愛いもので。
炎は澄んでいた。
ブルーノとサシャの姿も見かけ、軽く手を振ったあと、私は木立の陰に戻った。
けれど、その後からだ。
人の輪が厚くなり、囁き屋の台の前に列が増えはじめた。
「『決して離れない』『永遠に私だけ』——効く言い方さ」
札を渡す涼しい声に、重い言葉が少しずつ混ざり始めた。
塔の音が、わずかに低くなる。
風柵の縁を撫でながら、塔の出口が詰まるような“鳴り”を聞いた。
(誓いが溜まってる? 重い誓いが積もってる)
それでも、まだ危なくはなかった。私は、風柵の上にさらに風を走らせ逃げ道を一段整えた。
炎は上へ抜け、澄んだ色が少し戻った。
——けれど、さらに後半。人の波が最も厚くなった頃。
突然、塔の胴が内側からドン、と鳴った。白の縁に灰が混じり、炎が、揺れた。
風の柵を超えて、塔の周りの垂れ房へ火が触れた——
続【事故発生】




