2-18.誓灯祭〜フェイ・ランタン〜ソフィアの夕方
放課後、夕方の鐘が鳴った。
校舎の尖塔が、紫色の空に立つ。講堂の前の階段から広場へかけて、白と橙の温かみのある灯が連なっていた。
「ソフィア、こっち」
橙の髪が揺れて、エルヴィスが手を挙げた。いつもの穏やかな笑顔。
「待たせてしまいました?」
「いいや。時間ぴったりだよ。……行こうか」
ふたりでランタンの受け渡し所へ向かった。
そこでは、巫女役の先輩が、掌に収まるサイズの紙灯篭を棒の先にくっつけて渡してくれた。火はちゃんと熱いのに、不思議と風に消えない——夏に見た妖精の夜の火と同じ。
ただ夏と違うのは、今夜の会場は人の広場だということ。
夏は向こうへ招かれ、今夜は私たちの祭へ向こうが混じる——前世の言葉でいえば、ハロウィンみたいな夜。
ちなみに、この祭りは、妖精市が開かれた年にしか行われない。
列を進みながら、配られていた木の札も受け取った。
「“誓灯祭”だからね。これに“誓い”を書いて、最後に灯の塔へ捧げるんだよ」
エルヴィスが言いながら、広場の真ん中に立つ炎塔を指す。
「はい。……エルヴィス様は、内容、決めました?」
「うん。でも、まだ言わないでおくよ」
微笑んで言いながら、エルヴィスは少し目を細めて通りを見渡した。人の流れ、見張りの動線、塔までの距離——たぶん、王太子の目。
私は息を吸って、火の揺れを見つめた。
(誓い、ね)
もうほとんど心の中は、揺れていなかった。ただ言葉の置き方に悩むだけ。
ゲームだと、ここでの選択肢は三つ。妖精市と同じ要領だ。
・誰それと将来を誓う(告白→好感度が足りてたらカップル成立)
・学年首席をとることを誓う(ソフィアのステータスのレベルUP)
・みんなに優しくし続けることを誓う(全員の好感度UP)
——だけど
(もう、そういう選び方はしない)
木の板をぎゅっと握って、胸に当てた。
「ソフィア?」
つい黙っていたら、エルヴィスが覗き込む。私は笑って首を振った。
「いえ。……少し考えてました」
「無理に言葉にしなくてもいいよ。——でも、君が選ぶなら、僕は付き合う」
目を上げた。一瞬だけ手元の火が強くなる。
ふと見えた広場の端に、孤児院のシスターが子ども達を整列させていた。小さな手に小さなランタンがひとつずつ。ひとりの子の顔が私の目に入った。春に会ったミラだ。隣の子と話しながら列にいるのが見えて、胸の奥がふっと緩む。
だけど、不意にその列が乱れた。シスターが配ったランタンが子どもの数に足りていなかった。灯を手にしていない子が泣きだした。ミラがなんでもない顔で自分のぶんを渡して泣き止ませた。けど——
「……エルヴィス様」
「うん?」
「あの……向こうの子ども達の分が、足りなさそうで……私の灯を分けてきてもいいですか?」
エルヴィスの目が一瞬だけ横へ流れて、すぐに戻る。微笑がそのまま深くなる。
「いい考えだと思うよ。ランタン、取ってきてあげる」
エルヴィスが係の人に声をかけ、空の小ランタンを受け取って手渡してくれる。
私は自分のランタンの炎をそっと寄せて、移し、新しい火を生んだ。
「行こう」
ふたりで小走りに列へ向かう。シスターに事情を伝えると、何度も頭を下げられた。ミラの手に、私の分けた灯が渡った。彼女が目を丸くして、ぎゅっと持ち手を握る。
「持ち手、短くね。体で“覆う”ように」
「うん」
ミラの頬に光がぽうっと移る。それを見ながら、胸の奥が静かに満ちた。
「さ、君の誓いの方も忘れずにね」
「はい」
広場の真ん中に戻ると、私は札に短い文だけを書いた。エルヴィスは覗かない。私も見せない。
札に落ちた墨は、夏の何も選ばなかった夜より迷いがなかった。
塔の口に灯を捧げる時、風がひとつ吹いた。塔の内側で低い唸り。炎が一瞬、高く上がる。
その瞬間、ふと見えた。——離れた柵の向こう、橙と深緑の人影が風向きを読んで立つのを。
(……あれ、庭の……管理人?)
目が合ったような気がした。すぐに見失って、私は顔を上げ直す。塔の炎が、夜空にやわらかく伸びる。誓いが、煙になって、昇っていく。
子ども達の列の後ろで、ミラがそっと振り返って手を振った。大きく振り返すと、エルヴィスが横で小さく笑った。
誓灯祭の夜は、静かに深くなっていく。
次回【アンの誓灯祭】から【誓灯祭の小トラブル発火】と【鎮火】まで




