2-16.フィンと階段の軽口
文化祭が終わった途端、空気は一気に肌寒くなった。制服の上にカーディガンやショールを羽織る子たちも見えはじめるなか、片付けと次に向けての準備で生徒会の役員はみんな奔走している。
次はフェイランタン——誓灯祭。
生徒会室は紙と灯材と指示書で溢れていた。
けれど行事の準備そのものは滞っていない。
フィンが残していった段取り表が、驚くほど正確だからだ。
白、橙、紫。
灯は着々と揃い、王都にも飾りや日にちの知らせが出始め、学園内もどこかそわそわしている。
「一緒に行かない?」
「あなた恋人は? 妖精市で告白されたってあの子」
「この前別れた。ほら、妖精市で浮かれてできた恋は、誓灯祭で回収されるっていうか」
「最低ー。」
……ちょっと俗っぽい。
そんな空気の中。
「アレス様、フィン様がどこにいらっしゃるかご存知ですか?」
ローゼリアが困ったように首を傾げる。
「あ? 知らんぞ。どうした」
「誓灯祭の安全事項のことで、ひとつ確認したいことがあったのですが……」
ただの連絡事項だと分かった瞬間、アレスの肩から、わずかに力が抜けたのが見えた。
「俺は知らん。……というか、最近あまり顔を合わせてない気がするな」
「単純に忙しいんじゃないかな。三年生の先輩方はみんな忙しそうだよ」
ブルーノが雑談として軽くまとめる。
——その会話の背で、私は手を止めた。
(フィン……)
指示書は完璧なのに、本人は姿を見せないことが増えている。
少し考えてから。
「ローゼリア様、私、ちょっと探してきますよ」
「えっ、そんな、いいですわよ」
「私も聞きたいことが溜まってるから。すぐ戻ります。何を確認したいんです?」
「本当によろしいのですか? ええと、こちらの項目で……」
「わかった」
そう言って、生徒会室を出る。
行き先は——分からない。
けれど、もしかしたら。
✳︎
自分の教室の前で足を止める。引き戸を押しながら中へ。
「——アン」
「なに?」
アンが窓際の席に座って、風を浴びていた。
寒くないのかしらと思いながら聞く。
「フィンの今の居場所ってわかる?」
「フィン先輩?」
アンが壁の時計を見て、窓の外を見下ろして、それから少し考えたあと。
「……今の時期で、この時間なら。図書棟か研究棟じゃないかしら。暖かくて、静かだから。」
「そう……助かる」
「ええ」
踵を返した瞬間。
とん、とアンが靴のつま先で、床を鳴らした。
「……決めたの?」
静かな声に、足が止まる。
振り返ると、胸から上は頬杖をついた姿勢のまま、こちらを見ている。
「……違うわ。仕事で探してるだけ」
「そう」
アンはまた窓の外に顔を向けて目を閉じた。
結局、見つけたのは図書塔の資料室に向かう石段の途中だった。重たい魔導書を脇に抱えたフィンを見かけた私は、その背を追う。
吐く息が細く白い。二段目を踏む前に、ほんのわずか——足が迷った。
「先輩、持ちますよ」
「あれ」
振り向いたフィンが、目を丸くする。
「……ああ、ソフィアちゃんか。大丈夫。女の子に運ばせたら、僕の見栄が死ぬ」
言い回しはいつもの軽さ。でも声の端が少し掠れている気がする。
「でも……」
そう言って私が半歩近づいた瞬間、先輩は「じゃ、代わりに——」と悪戯っぽく身を屈めた。
「え、ちょ……」
頭の上からふわりと腕が回り、肩を抱かれた。首の後ろに指先がかかる。
重さはない、重なるだけの一瞬。
「あっ……の、図書館で、そういうのは——」
「静かに、ね。……うん、ありがと」
腕が離れる。本を抱え直し、振り返った足取りが、石の縁を確かめる調子に戻る。
見上げると、本当に、さっきより息が少し楽そうだった。
(杖代わりにされたみたい……)
「君、あったかいから。触れると落ち着くんだよね……ほら、上まで競走。
僕に用があるんでしょ? 勝てたら聞いてあげる」
「用はありますけど、こんな狭い階段で競走なんてしたら、転びます」
「じゃ、ゆっくり。僕が大人だから合わせてあげる」
段差を数える靴音が、同じテンポで続いた。外の風鈴が遠くで一度だけ鳴る。
私はうなじを押さえて息を吐く。
——テキストでも絵でもなく、髪を揺らした、確かな人の息と体温。
これが冬には——と思った瞬間、胸の奥がひやりとした。
次回【誓灯祭前夜、エルヴィスの祈り】




