2-15.期末実技と文化祭ちょっと
林間合宿から戻って、数日。
校舎の空気が、じわりと変わりはじめた。
どこか、ざわざわ。笑い声が少し控えめで、疲れた気配というか、少し重苦しい気配というか……。
——そう。ついに期末試験の本格準備期間だ。
誰かが掲示板の前に立って、ノートを抱えたまま溜息をつく。
その後ろを通り過ぎながら、(私も、つきたい……)なんて体の横で小さく拳を作った。
自習室の扉を押す。喉をゴクリとならして……入ってすぐ、いちばん手前、四人組が座っている机に足を向けた。
拳の内側、指先に力を入れて一言。
「っ……一緒に、いい?」
それで精一杯。
顔を上げた四人——もとい、三時の席から時計回りに座っていたブルーノ、サシャ、アン、ローゼリアを見つめた。
きょとん、と間。
私を振り向きながら見上げたサシャが——椅子から跳ねるように立ち上がった。
「もちろん!」
花みたいな笑顔。そのまま、少し避けて空間を作ってくれる。同時に、アンが隣の机から椅子を引き抜き、サシャとの間にそっと置く。
ローゼリアが手のひらで席を示す。
「どうぞ」
ブルーノが教科書を閉じ、机の中央を少し空けた。
「っ……ありがとう」
胸の奥が、ふっと緩む。
腰を下ろすと、椅子の脚が微かに床を擦った。
ノートを開く。
「どこやってる?」とサシャ。
「属性循環」と答えるとアンが「ああ。私たちも、ちょうどそこよ」。
「ここの導出、飛ばされがちだけど」とブルーノが挟み、
「あの先生は、お好きそうですから目を通しておくことをお勧めしますわ」とローゼリア。
みんなの声の中、ペンを動かしながら思った。
(……今までは一人でやってたけど)
ふっと、口元が緩む。
(……楽しい)
なんて。
✳︎
本番の日はまもなくやってきた。
筆記試験は、みんなとの予習のおかげもあって、なんとか大きな躓きなく終わったと思う。
実技試験の朝、運動場は白い紐で二つの区画に切られていた。
掲示板には短い紙。
【保全/協働。壊すな。騒がすな。手段は問わない。】
ぎゅっと手を握りしめる。
笛が鳴る。ひと息だけ落として、最初の区画へ向かった。
──
一人ずつ入れるブースの中。台の上の真鍮皿に、青い妖精火。真後ろに針の動く温度計。設問……というか指示はひとつ。
【三分、一定に保て。】
(“火”か)
私は顎に手を当てて、一瞬考える。
(じゃあ、まずは環境を整える……“覆う”)
火へは触れない距離のまま、火の周りに指の幅で土を薄く起こし、薄い壁を拵える。
口は完全に閉じてしまったら火が消える。でも、わずかに絞ると対流だけが整う。
針はブレない。
ついでに、聖の一節をそっと下に敷くと、火の気分が落ち着いた。
三分経ち、息を解く。最後まで温度計は一定だった。
ディーン先生が確認して、朱印。
向こうでは、ちょうどアレスが火で火を切る逆火で縁を削り“燃え筋”を封じているところだった。
(魔法、そういうやり方もあるのね)
感心しながら次の区画へ向かった。
──
次の課題は【協働】。
区画の囲いを潜り抜けると、グラウンドに、入り口と出口のついた白い箱がでーん!と待ち構えていた。
入口の台に、中心に穴のある薄い円盤。指示は、こう。
【三人一組。円盤に手で直接触れず、中の迷路を抜けてゴールまで届けること。】
そして、少し離れた出口との間の壁に、中の全体の様子を俯瞰して見える魔導モニターと、中とつながる伝声管のパイプ。
(あれは……つまり、一人はオペレーター、二人が中に入って実働しろ、ってことね)
ちなみにモニターの画面も鮮明じゃない。たぶん、熱感知機みたいなもので中に入った人の位置と、ざっくりした仕掛けが先んじて見えるくらいのものだと思う。
私は——ちょうど、個人課題を終えて抜けてきたサシャとブルーノと会い、三人で組むことにした。
話し合いの結果、サシャが「じゃあわたし、オペレーターするよ! 魔法の調整なら、二人の方が安定してるでしょ?」と、モニターの前へ。
私はブルーノと入ることになった。
入り口をくぐると、中は霧が敷かれていて、右も左も真っ白だった。
私はまず聖で外乱を減衰させる“通り道”を敷いた。
壁のない透明な無風トンネル。その中で、風を起こし、層流をつくる。円盤が浮き、ふわりと前へ流れる。
「もしかしてだけど」
ブルーノが私の顔をまじまじと見て言った。
「僕たちの班、かなり有利だったりする?」
天井あたりから伝声管の声でサシャが
〈だったりするねえ!〉
思わず笑った。
迷路は、段差あり、水路あり、横風が吹き荒れる道がある障害物順路だった。
サシャのオペレーションを聞き、ブルーノが障害物を遮る壁を作ったり色々と動いてくれる中、私は円盤を落とさない調整に集中。
ようやく外に出ると膝が少し笑った。
サシャが胸の前で手をかざして、低いハイタッチ。「やったねぇ」。
ブルーノは外の眩しさにメガネを一旦外して目をしぱしぱさせる。付け直してから、肩をぎゅっとすくめて、おろす。「緊張がとれるよ」というので真似した。
ふっと、全身から力が抜ける。
「終わったね」
「ありがとう」
「こちらこそ」
三人で視線を交わして笑いながら区画を出た。
それから後に返ってきた試験結果は上々だった。順位も、「生徒会員なのに」なんて誰にも文句を言わせない八位。
(よし)
胸の前でガッツポーズを決めた。
✳︎
そのあとの文化祭はダイジェスト。
去年との違いは展示物の変化と、アンが最初っから準備委員に入っていたというくらい。おかげで、また去年と同じマークスの協賛は安泰(って言っていいのかわからないけど)で、使わせてもらえた。
当日は滞りなく終わった。
私は、救護テントにいて、迷子に光のきらきらを見せて泣き止ませる役だった。みんなもそれぞれの仕事をした。
ただ一度。受付の机で終始笑顔の応対をしていたフィンが、閉場のあと、椅子から立つときに、支えを必要とするみたいにテーブルに一度だけ触れた。
触れたと言っても、本当にトン、と一瞬。それだけの、誰も気づかないくらいの短さ。
だけど、私は見えたし、気づいてしまった。
だって、知ってるから。
彼の設定——彼の体調について。
——秋の風が冷たい。
次回【図書塔でフィンと】




