2-07.流儀? フィンとの雑談
フェイ・マーケットの翌日の空気はまだ緩んでいた。
あの夜「誰かが告白した」とか「誰と誰が付き合った」とか——話題がみんなまだ浮かれてる。
そして、やたら多い。
(妖精市、おそるべし……ね)
なんて。一方で、外の廊下から聞こえるそんな話を耳だけで拾う私が今いるのは生徒会室。
窓の外からの風が手元の紙を鳴らす音だけが響く。それくらいには、ここでは余分な噂話をする人がいない。部屋には二人だけ。
静かだった。
私は、机に向かって記録を整理していた。
内容は、小道に置いた灯の配置とか、使った結界布の枚数とか。祭りは終わっても、小さな雑事はまだ残ってる。その証明みたいだ。
指を動したまま、ふと、昨夜の光景を思い出す。
——柱の影。紫の髪。小さな光に囲まれた姿に、呑まれそうになって、でも、声をかけなかった。
そこへ。
「ソフィアちゃん」
軽くて、少し甘い声。
心臓が一瞬、跳ねた。誰かは、相手を見る前からわかる。部屋にいたもう一人——
「昨日さあ、なんで声かけてくれなかったの〜?」
「……へ?」
思わず、間の抜けた声が出る。
振り返ると、椅子に座ったフィンが机の端にもたれて、首を傾げていた。紫の髪を肩から机に流しながら、自然な上目遣い。
(……色気の暴力)
スチルになりそう。ふっと頭にそんなツッコミがよぎったけど振り払う。
フィンはからかうというより、本気で不思議そうな顔だった。
「妖精市。一瞬、ソフィアちゃんも近くにいたと思ったんだけど」
驚く。フィンからも見えてたんだと。
「……まあ、えっと、はい」
一瞬、視線が泳ぐ。
「……その、見かけましたけど……」
言葉を選んでいる間にも、フィンはじっと見つめたまま。
こみあげてくる緊張を飲み込んで、一拍。
「……お邪魔かな、って」
小さく言うと、フィンは一瞬、目を瞬かせた。
「え」
きょとん、と。本気で拍子抜けしたような声だった。
「……僕、ひとりだったでしょ?」
「……でも、お話ししてるように見えたので」
視線を外しながら答えると、顔をまじまじと見つめられた。
じーっ、と。それがあまりにも長く真剣に思えて、そわつく。
(あ、あれ? フィンの家系が、妖精の血を引く貴族なのって周知の話であってたわよね?)
——それとも、本人にしちゃいけない系の話題だったかしら。
ほんの少し狼狽えた。
攻略情報とここでの普通認識を混同したかもしれない。そう胸がざわつきかける。
けれど、そこでフィンがふっと笑った。
「かわいいとこあるよね、ソフィアちゃん」
「っ……」
即座に、頬が熱くなる。
でも、そこで一歩引くのが“ソフィア”だし“私”だ。浮かれない。ぐ、と唇を結んで、低く返す。
「……気を遣いすぎましたか、私」
「ううん。ありがとう。ただ、少し珍しいから驚いただけ」
「珍しい?」
すると、フィンが少し考える素振りをしてから、肩をすくめた。
「うん。——あれはね、たしかに“話してた”。」
さらっと言う。
でも、視線は真っ直ぐだった。
「正確には、妖精たちの動きを見て読み取ってたんだけどね。光の跳ね方とか、色の温度とか、そういうのから。
結構、彼らって、色々こっちのこと見てるし、話してるの聞くと面白いんだよ」
それからふっと息を吐く。
「……でも、それに気づいてくれる子は珍しいんだよね。ふつう“好かれてるね〜さすが”くらいで終わることが多いんだけどなぁ」
「えっ、そうなの?」
うっかり普通に素っ頓狂な声が出た。「あ」と口を押さえると、フィンが愉快そうに目を細める。
「うん。それでも、声かけてくれるくらいは全然よかったけどね」
少しだけ声を落として、くすり、と笑う。
「負けん気強いのに、こういうとこ遠慮するよね、ソフィアちゃん」
——一瞬、息が止まる。
前にも言われたそれ。
軽く言われたのに、胸の奥がざわつく。
沈黙が落ちる。
「……そういう時は、先輩から来てくれると助かります」
「はは、手厳しい」
笑いながらも、どこか楽しそうだった。
「じゃあ、次からはそうしようかな」
フィンの調子がいつも通りに戻る。
「見てるだけより、話す方が楽しいでしょ」
「……そう、ですか?」
「そうそう」
くすっと笑われる。
恥ずかしい。けど、ちゃんと息は落ち着く。
でも、胸の前に手を添えて息を整えようとしたら
「特にソフィアちゃんみたいな可愛い子なら、いくらでも時間作るよ。たとえば今夜でも」
「もっ……もう!」
きりっと真顔でふざけられて、思わず飛び上がった。
「からかわないで、仕事してください!」
「あはは、やっぱり、負けん気強いね」
さらり。フィンは手を振って仕事に戻る。
(まったく……さすが“色気担当”。この人がゲーム通りすぎるの、ちょっと心臓に悪……)
そこまで思って、やめた。
(だめ。こういうの考えない)
そのうち他のメンバーも集まってくると気配はすっかりいつも通りに戻った。
「またね、ソフィアちゃん」
「はい、仕事してください」
つんとそっぽを向くとクスクス笑うフィン。エルヴィスが「後輩をからかわないよ」と穏やかに注意を向け、アレスは頭が痛そうに額に手を当て、ローゼリアとブルーノはきょとんと首を傾げていた。
次回【アレスとの雑談】




