2-03.購買通りでリックと。少しブルーノ
訓練場を離れても、まだ私の頭の中は少しぐるぐるしていた。
サーチェスは一人で背負っていなかった。水も塩も手順も、隊に分けていたと思う。
(……渡すってああいうことなのかしら)
考えながら歩いていたら、いつの間にか購買通りに出て、購買の扉をくぐっていた。
中に人はいなかった。
そのままゆっくり棚の間を回る。塩の壺、筆記具、布製品、食品。何を探してるのか自分でもまだよくわからないまま、カラフルな飴の小瓶が見えて足が止まる。
(そういえば入荷日だったわね)
無意識だったけど……頭の奥の、ノートに書いた攻略メモを引っ張り出して照らし合わせ、息をつく。
あれは、ゲームでは“どの攻略者に”渡しても喜ばれて“ソフィアへの好感度”をちょっとだけUPするプレゼントアイテムだった。
値札を指でなぞる。そんなに高くはない。
(……お金は少しずつ貯めてる。買おうと思えば、買える)
(私が“渡す”なら——これで間違いない、はず)
頭の中で、計算——というにはどこか心許ない考えだけど——を走らせた時だった。
ぎぃ、とレジ奥のスイング扉が鳴る。薄い真鍮と革の匂いが混じった。
「——あ」
「よお」
短い声。木箱を抱えたリックだった。
「……また仕入れ?」
「またってなんだよ」
「いえ、別に。……ただ、その……忙しいのねって。結構、出入りしてるの見かけるから」
ごにょごにょと私の語尾が小さくなっていく。
一年の文化祭以来、彼とはお互い、会っても険悪な雰囲気はなくなっている。
まだ、初対面でモブ扱いしたことも、助けてもらったときに怪我をさせてしまったことも、ちゃんと謝れてはいなかったけど——
彼の方は、もうあまり気にしていないみたいだった。
「——なんだよ。迷子みたいな顔して、どうした?」
「っ……」
あっさりと聞かれて、私は息を詰まらせる。
噛み締めていた唇の力をゆっくりと緩めた。
「……そう見える?」
「見える」
断言。眉間に力を込めて指で突く仕草。「こんな顔で棚見てたぞ——何を探してんだ」
私は目を伏せた。床の板目だけを視界に入れながら溢すように答える。
「誰かに“渡せる”もの……でも、何がいいのか分からなくて。外したくないの」
「誰に渡すんだ?」
「……わからない」
「おい」
一瞬ずっこける声。
「渡す相手がわからないんじゃ無理筋だろ」
鼻を鳴らして肩をすくめられる。でも、嫌味じゃなかった。
それから一言。
「……じゃあ、今日は買うな」
「え?」
短く笑って、リックが指先で、飴の棚をこつんと叩く。その音がやけに耳に響いた。
「あんた、明らかに『考えすぎてます』って顔してんだよ。さっき訓練場にいたよな。何か見たのか?」
「……サーチェスが、ベンチを増やして、塩を配って、最後に書いてた」
「あ?」
自分でも説明が下手すぎたと思った。もう一度噛み砕いて話すと、彼はふむふむと聞いて、それから腕組みして頷いた。
「それ、“仕組み”を渡してたんだな。人じゃなく、場に。サーチェスって言ったら、騎士隊の同級生だろ。お嬢……アンが少し話したらしいからな」
「そんなことも言ってた。見てないのにわかるの?」
「だいたい想像つく。うちの会長——アンの親父さんの理念だ。“届かせる”」
「“届かせる”?」
言葉のあとに、表の気配がふっと濃くなった。隣のパン屋(これも売店)がベルを鳴らし、生徒が集まってきていた。
私の喉が少し動いて、リックは一度だけ外を見てすぐに私に向き直る。
「実践例、ひとつな」
そう言うと、棚から塩の壺を取って、私の手にそっと乗せる。思っていたより陶器の重さが手にずっしりくる。
「壺のままだと使うたびにこぼれる。だから小袋に分ける。“あげる”んじゃなく、“使えるように置く”。それでいい」
「……なんだか簡単そうに聞こえるわ。そんな単純でいいの」
「ちゃんと簡単に言ったからな。でも、焦って“効くもの”を探すと、だいたい外す。だから、まずは見ろ」
「見る……?」
「誰がどんな手で何をしてるか。足りてないところを。そこに、“効かせる”んじゃなく——“届かせる”」
パン屋の焼きたての甘い匂いが、店の壁越しでもふっと鼻へきた。
「……今からでも、できるようになるの?」
ぽつりと呟く。リックが小さく首を傾けた。
「私、ちゃんと、渡せて、貰える人になれる……?」
口にした瞬間、(言ってしまった)と思ったけど、私が撤回したり誤魔化したりするより早く、彼は真面目な顔でそれを拾った。
「……人間は、一回で関係が全部決まるわけじゃないだろ」
ぎゅっと唇を結ぶ。
「積み重ねだ。最初に会った時、あんたのことヤベェ女だと思ったけど、その後、印象が変わった。
根っからの悪い奴じゃないって、わかってるやつは他にもいると思うぞ。だから腐るな。 ただ、お前が焦って前だけ見てると——」
そこだけ、すこしだけ強く。
「——置いてかれるのは、“お前の気持ち”のほうだ」
鼻の奥がつんとした。言葉が刺さって胸が痛い。でも、苦しくはなかった。
私が黙ったのに合わせて、彼も黙る。無理に埋めない沈黙。
「……ひどい言い方」
「やさしいつもりだぞ」
「むかつく」
「元気だな」
笑った。
「今日は買うな。目とメモだけ使え。 “誰が、どの手で、何を持って帰るか”だけ見とけ。道具屋のアドバイスな」
「……うん」
パン屋のベルがまた一回。リックが扉を開けて外に出ていく。え?と追いかけて外に出ると、お金と交換に何かを受け取って帰ってくる。
紙袋が私の目の前に突き出される。
「揚げパン。半分こな」
「半分?」
「半分。金欠なんだよ」
「それは私も」
紙袋の底が温かい。砂糖が落ちる。噛むと、砂糖が唇についた。拭う前に、リックが親指で軽く合図して、私に紙ナプキンを押しつけてくる。指が一瞬だけ触れて離れた。
「……ねえ。私、やってみる。“見る”から」
「それでいい。渡すのは、その先だ」
その後、私は通りを一往復した。
メモは少し増えた。
・本を抱える一年生——人差し指が赤い(指当てが要る)
・荷を肩に掛け替える配達員——持ち手が細い(幅を替える)
“渡す”=“届かせる”こと。手元を見て、置く。
そのあと、校舎に戻る手前でブルーノと鉢合わせた。
彼の抱えた本の上からノートが滑り落ちたのを、私は拾って返す。
「ブルーノ君、落としたよ」
「ソフィア、助かる」
「字、きれいね。——見やすい」
「ありがとう。リックへの依頼メモなんだ。余白を広げたい所があって」
「そうなんだ……」
(ここでさらに何か言えば、画面では好感度が動く。前ならそう思ってたけど——)
ふと、本の束の上にメモを見た。《夕方うかがいます—サシャ》。
私の視線に気づいたのか、照れくさそうにブルーノはそれを指で整え、紙の端をすっとなでて本へ挟み直した。やわらかい手つき。
(現実の今の彼の“向き”は、ここ。私が挟む場所じゃないのね)
心の中だけで、軽く頷く。
(“褒める”のも間違いじゃない。ただ、届かせるなら——いま必要なところへ)
私は会釈して、その場を離れた。
次回【“ギャップ萌え”には地味すぎる〜エルヴィス回】




