2-02.訓練場でサーチェスを見る
課外活動が終わり、同級生の子たちがみんな教室に帰ってきた頃には、雨はすっかり上がりきり、黄色い太陽がグラウンドの土もきれいに乾かした。
けれど、私の頭の中はまだ、雨粒でいっぱいの窓硝子みたいにぼやけてる。
(“渡す”ってなに——)
孤児院の劇が頭から離れない。校舎の回廊を当てもなく歩きながら、私はそればかり反芻していた。
ふと気づけば訓練場のフェンス脇。
土埃の匂いの奥で、木剣の音が鳴る。
砂を踏むようなザザッ、のあとにカァン! 空中にくるくる回りながら吹き飛んだ木剣が、地面にぐさりと刺さる。
(……マンガかしら)
内心、つい。
「握りが甘いとこうして吹き飛ぶ」
土煙の向こうから声がした。
木剣を振ったサーチェスが現れる。地面に刺さった剣を引き抜くと、一年生らしい隊員に手渡しながら、まっすぐに一言。
「——素振りを」
それが号令みたいに、隊員たちがささっと並んで列を作り、木剣を振り始める。
空を切る音が揃い出すと、二年生の隊員に「少し、頼む」と残して、彼は静かに後ろへ下がった。
それを見て、思う。
(なんだか……“違う”気がする)
私はフェンスの網に指を引っ掛けながら、ベンチに座る彼を見つめた。
(ゲームのサーチェスは、最後まで背負って倒れる人だったわ。私は励ます→癒す→最後は“庇い返す”が正解のシナリオで——)
ゲームのスチルがバッドエンドも含めて何枚か頭の奥に蘇る。
そして、その傾向が見えるのはシナリオだけじゃない。訓練でも、一人で突っ込んで交代もせず、潰れるまで続ける。汗で手袋が滑っても替えない。水を他人に回して自分は飲まない。最後に膝をつく。そういう人だ——
(って、それが攻略まとめのテキストだったはずなのに)
(でも、このサーチェスは——)
彼は手袋を外して自分の掌を見ていた。すこし擦れたように指の付け根が赤い。
そこに三年の隊長っぽい人が近づく。
「痛みか。剣がぶれる前に退がるのは、悪くない判断だ」
「はい」
答えながら淡々と薬箱を開ける。
そうしながら目は、隊全体に向いたまま。ふと、練習場の北側入口が詰まりはじめているのを見て、その隊長へ一言。
「出入り口が混雑しています。分散し、座って補給するよう伝えましょうか」
「任せる。やれ」
「はい」
さっと立ち上がり、声を張る。
「A班、柵沿いにベンチをもう一列。B班、水と塩を小袋にして“ベンチから配れ”。一年列は西へ折り返し。入口の前は空けるように」
「了解!」
すぐに一グループがベンチを運び、もう一グループが小袋を配る。入口の塊がほどけて風が通った。
素振りを続けていたこちら側の一年生が木剣を落とす。サーチェスは拾って柄頭をコツンと叩き返す。
「根元を締めろ。腕で振るな、腰で押すように」
そう言うと自分は、手の擦れを薬で覆う。
それを少し離れたところ(私のいたフェンスの近く)で見ていた顧問の先生が、歩いてきた隊長に小さく頷く。
「いい回しだな。来年は任せられる」
「ええ、見回り表について春前にマークス嬢と話したことが影響しているようです。場全体の見方が良くなった」
話している向こうで、サーチェスが白いフェンス板に墨で三行、さっと書き残す。
《入口で止まらない/座って補給/列は折り返し》
木剣の音が、さっきより揃ってきた。
(たぶんもう“最後まで背負って倒れる”彼じゃない)
(もう全部、隊でやるに書き換えてる。
しかも、その土台には、アン(マークス)がいる——)
小さく息を吐いた時、ふとサーチェスがこちらに気づく。
「見学か、テレーゼ。そこは日が当たるから、日陰へ」
呼ばれて、一瞬だけ心臓がどきりと鳴った。
けど、すぐに首を振る。
(……違う、これは“好かれてる”とかじゃない)
——すごく普通の気づかいだ。
そう思った。
誰にでも向けるそれを、ちゃんと私にも向けてくれてるというだけ。
「……ありがとう。でも、もう行くから大丈夫」
私は会釈で返す。
(彼にとって“ソフィアが鍵”って段取りは、ここにはないんだわ)
私が差し込まなくても進む回路がもう出来ている。
それが寂しいのか、悔しいのかは、まだ判断できない。
ただ、フェンス越しに彼の書いた板を見つめる。
——休める場所を作って、塩を分けて、板に残して……。
濡れた窓越しよりは見えたそれを、ただ胸の奥に残して、踵を返した。
次回【購買通りでリックと】




