2年-序幕.薄い灯のベンチ
二年目へ〜アンside〜
夕方。世界が水色になって、近くの人の顔が少し見えにくくなる時間。回廊の端で、外灯が薄く輪になっていた。
温室脇の低いベンチに、ひとり——フィン先輩。
「アンちゃん、こんばんは。もしかして、時間、空いてるかんじかな?」
「こんばんは。……先輩こそ、今日は」
「顔を出す約束がいくつか。でも大丈夫」
フィン先輩は短く息を吐いて肩を落とす。
「座る?」と目で示され、私は距離を測って端に腰を下ろした。
外気は乾いて、吐く息だけが白い。こほん、と喉が
引っかかったみたいな一咳。私が一瞥すると、先輩はくすっと笑って話しだす。
「アンちゃんってさ、何でも知ってそうだよね。……って、前にもこの話したっけ」
「しましたね。私が、『準備するのが好きなだけです』って答えて」
「そうだった。……行き先の安全のために、だよね」
「はい」
短い間。視線は正面のまま、目尻だけで笑う。
「それで——『どこへ』行きたいんだっけ」
問われると、答えはもう出来ていた。
「“誰も滑らない床”まで。そこなら、振り向かずに次へ行けます」
「……誰も、ね?」
一拍。自分の目が、ほんのわずかに揺れるのがわかった。
先輩は目尻だけを緩め、息を落とす。
「ふふ、わかりやすいね。……ずっと“申し訳ない”って顔してるんだもん、君」
「……すみません」
視線がベンチの角へと逸れる。言い訳は用意していなかった。
くすっと笑う声。
「いや、ごめんね、さっきのは僕が意地悪だった。
——君が気にするところじゃない。これは僕の領分だから」
「…………」
声が、胸の奥で言葉にならない。先輩はその沈黙ごと、軽く受け流す調子で続けた。
「大丈夫」
「……」
「君が何かを知っていたとして、全部が全部、負わなくていいんだよ」
それだけ言うと、先輩は立ち上がる。体勢はゆっくり、靴音は一定。振り返らない。
私はスカートの裾を整え、粉を払うみたいに息をひとつ。
(間違えるな、私。)
“気にするな”は免罪の合図じゃない。
(でも——『今は、抱えなくていい』って言ってもらえたってだけ)
外灯の輪が少しだけ濃くなる。私は立ち上がり、校舎を見上げた。
扉の向こうに、彼女の季節が来る。私は足音を消して、灯が要るのか、静けさだけで足りるのか——そのときを見極める。
いまは、見ている。
二年生編(こちらは序幕ですが)始まりました…!
またしばらくアンとソフィアにお付き合いいただけると嬉しいです
次回【ソフィア・テレーゼについて、その断片】




