63.聖夜は灯の下へ
式典用の特別な大広間。学園の生徒たちが余裕で入れる真ん中には、どうやって置いたのか謎なくらいの巨大なツリー。飾り付けはどこもバッチリで、空気は澄んで、甘くて……ほんの少し息苦しかった。
それは、ほんの数日前にソフィアが階段からローゼリアに突き落とされて……あやうく大事件になるところを回避したばかりだったから。
〈アン、顔色悪いわ〉
そう言って心配そうにするソフィアに、私は笑って、それよりあなたは?と聞き返す。
すると彼女も、大丈夫よと微笑み、それから私の手をとって、そっと包んだ。
怖い目にあったのは彼女の方のはずなのに、指は、私の方が冷えていた。
白い光がソフィアの掌の間で膨らむ。“聖”の癒しの魔法だ。温度が少し上がる。
ごめん。と思った。少し情けない。
けれど、彼女は私の顔を見て、あっさりと首を振る。
〈気にしないで、これくらい。私たち親友でしょ〉
手が離れる。白かった指に血色が戻っていた。
〈それより——ねえ、アン〉
なに、と答える。
一拍置いて、彼女はツリーを見上げた。
〈私、あなたと——みんなと、こうしてなんでもない聖夜を一緒に過ごせて嬉しいわ〉
そう言ってから、もしも大怪我してたらこのツリーも見れないところだったもの、なんて照れ隠しみたいに笑う。そんなソフィアと、ツリーの下に彼女を待つ赤青黄の頭を同時に見て……私はふっと息を溢した。
〈そうね……じゃあ、来年も再来年も、また一緒に過ごせるように守ってあげるわ〉
世話のやける姉妹みたい。肩をすくめた私のそんな言葉に、頬をほんのり桜色に染めて、それから、彼女は嬉しそうに笑っていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
鐘が鳴って、聖夜祭の灯が一斉にともった。回廊にはリースと白いリボン、灯。蜜蝋のやさしい甘さが薄く流れ、合唱のハーモニーが窓ガラスをかすかに震わせる。
クロークの扉を押すと、葡萄色の礼装を纏ったソフィアが鏡の前に立っていた。二日前に借りたあの一着。揺れるたび、控えめに光を返す。そばのローゼリアがこちらを見て、満足げに微笑む。
「お似合いですわよね」
「ええ。ありがとうございます、ローゼリア様」
ローゼリアは小さく会釈し、光の方へ裾を払って出ていった。二人きりになったところで、私は口を開く。
「……“魔女”って言われることの危なさ、わかった?」
ソフィアは息を飲むだけで、頷かなかった。
俯いた視線も、どこか遠い。
「筋書きは確かに働いてるのかもしれない。……それでも、痛みも、視線も、ぜんぶ本物で、ここにある。私たちは紙の上の存在なんかじゃない」
彼女の睫毛が、かすかに震える。それでも声での返事はない。
——けど、別にいい。
(急にそこまで素直になられたら逆に怖いわ)
「本当の望みは、まだ出さなくてもいい。——あなたの心が追いつくまでは」
外で、聖歌のフレーズが一段上がる。私は続けた。
「それと、私も改める。」
息を吸う。
「“これまでのソフィア”じゃなくて、目の前の“あなた”を見ようと思う。気をつけて、ちゃんと」
ソフィアの瞳が私を映す。私の目にも、彼女が映っているはずだ。過去のソフィアじゃない、今ここにいる子が。
胸の奥がひとつだけチクリと鳴いた。さよならを告げるみたいに、一言。
「ただ——今夜は“あなた”を助けられて、よかった」
返事はまだない。けれど、沈黙の奥で、彼女の喉から、恐怖と現実がようやく結びつく音がした気がした。
合図の鐘がもう一度。扉を開けた向こうは、輝くばかりの灯りと人の賑やかさ。
「行きましょう。灯りの下へ」
私は扉を押さえ、彼女が一歩を踏み出すのを待った。
葡萄色の裾が、聖夜の光に静かに溶けていった。
次回【今年のおわり】




