62.鈴と追及
アン、割と早くから見張り鈴に目つけてた
(ポケットに入れやすいサイズだなって)
あの時、踊り場の流れが一度だけ崩れ、一度目の鈴が「ちり」と鳴った。
それで、間に合った。
あの音は——見張り鈴。文化祭の撤収で全部しまった“はず”のものを、ひとつだけ、リースの飾りに紛れ込ませていた。
受信ブレスも外さず制服の袖で隠していた。
人の“圧”が重なったときに、ほんの一度“黄”を点け震えるように。
(撤収のとき、念のために、ひとつだけくすねていた……本当に置くかどうかは最後まで迷ったけど)
それでも置いたのは、この階段だけは気を抜けないと知っていたからだ。
助けに入る前にも、私は一瞬だけ迷った。
殿下もフィン先輩も、呼べば来られる距離にいた。任せても、今の“友好的な好感度”なら“確実に救える”。
ただ——その救いは“ルート”にもなる。
文化祭で見た、灰色のハートのまま立っていた彼女の姿が頭によぎって、止まった。
あの彼女に。私が色を選んで塗るのは違う。
そんな逡巡のあいだに、鈴が鳴った。私は自分で走った。
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ソフィアをクロークに送り、ローゼリアの予備ドレスを借りるのを見届けてから、私は踊り場へ戻った。
ソフィアを助けた時に一瞬だけ感じた残り香。柑橘に差したクローブ——前に、私が嗅いだのと同じ調合。
薄まってはいたけど、まだ、追えた。
上りと下りが交差する角で、三人を見つけた。ワインレッドのヘッドドレス、その背に寄り添う二人。
(ああ)
と思う。
(この子たちなのね)
彼女たちの姿は、かつて見たことがあった。
ローゼリアの後ろにいた取り巻きで、今は期末前後から距離をとっている集団。文化祭で、ソフィアの作品に眉を顰めていた子たち。
一歩だけ近づき、肩をぽんと叩く。
「少しだけ——お話、よろしいですか」
ぎくりと肩を揺らして振り向いた三人。
「なっ、なんのことですの」
驚いたふりの声で否定する。
「わたしたち別になにも…っ」
「そうですか?」
目を泳がせる彼女たちの顔を一瞥してから、私は、視線をそっと彼女たちの足元へと落とした。
そのヒールのつま先に、ビーズが一欠片ついた糸くずが一筋絡んでいた。
息を詰まらせる彼女たちを、私は静かに壁の陰へ寄せ、淡々と続ける。
「階段の“足音”と“魔力”の波形、記録してあります」
袖をずらして受信機のブレスを少し見せつけると、三人の目が同時に開いて、瞬きを忘れたように止まった。
(……なんて、ハッタリだけどね)
私は心の中で舌を出す。実際には、鈴は鳴るだけで、波形なんて記録していない。けれど、効いた。視線が揃って泳いで、項垂れる。
全員、手が震えている。自分たちのやったことをようやく理解したのか、それともバレたことに怯えているのか。深追いはしない。誰にも聞こえない声量で言う。
「この場で騒ぎにはしません。——先生にお渡しします。校則で処理を」
係の生徒に軽く声をかけて、近くの教師を呼んでもらう。事情を簡潔に耳打ちすると、教師は三人を別室へ連れていった。
私は礼だけして、その場を離れた。
柑橘とクローブの尾は、もう風にほどけかけていた。
次回【聖夜祭は灯の下で】




