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親友ポジのタイムリーパーは、転生ヒロインのハーレムを阻止したい 〜台本を閉じる方法〜  作者: 月乃ふくや
一年目の山超え

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61.事故発生 〜ソフィアside〜



 聖夜祭の二日前だった。



 放課後の校舎は、衣装合わせを終えたドレス姿のまま移動する生徒たちでごったがえしていた。

 その人の波は当然、赤い絨毯の主階段にも。


 ——私もひとり、青いドレスの裾を持ち上げながら、その列に差し掛かった。


(聖夜直前——というと、だいたいこの日までよね。

この階段で“ソフィア”は“悪役令嬢ローゼリア”と口論になって突き落とされる)


 頭の中で繰り出すカレンダーに細かい日付までは載ってなかったけど、なんとなくそう思いながら、一段目に足を乗せる。

 

 正直なところ、最近のローゼリアを見ていると怖さは薄い。

 ただ、私の胸だけが“空洞”を訴えていた。


(シナリオ、どうやって回収したらいいの)


 ——なんて。

 

 まだ文句をつけては、現実の足だけが重たいドレスを引き摺って一歩、一歩と進んでいた。


 踊り場の手前まできたところで、手すりの金具に指を添え、深呼吸を一つする。

 でも、吸った息は破れた袋の穴から外に抜けてるみたいに、胸の底で広がる感じがしない。


 ドレスを握りしめる手も、まだ弱々しかった。魔力を薄く指のまわりで光らせてみても、点滅しながらまた落ちてしまう。


 それを見て、肩を落とす。


 もともとは危険日に向けて鍛錬もしていたけど、これじゃ、いざという時、文化祭と同じことになるのは目に見えていた。


(そう……目に見えてるわ。

 だから、何も起きないなら起きないで歓迎よ)


 ——それなのに


(なに考えてるのかしらね……私)


 でも、そんなことを思いながら、踊り場につく最後の一段に足をかけた時、列の動きがふっと止まる。


 前を見ると、大鏡の前が小さな渋滞になって、少し列に膨らみができていた。


(ったく)


 ため息をついて、私も立ち止まる。


(面倒だけど待つしかないわね……)


 でも、そう思っているうちに、すぐ係の生徒がきてロープを動かした。改めて列を作るよう誘導され、私の前の列が後ろに少し下がってくる。


 一段、足を戻しかけ——小さく切れ目ができた——その時だった。


 どこかで、鈴が「ちり」と鳴るのと同時に、影が私の前に横入りした。


 ワインレッドのヘッドドレスが目の前で揺れ、軽くのけ反る。と同時に、背中で柔らかな布擦れが二つ。

 

 ふっと、鼻先に重い香りがした。甘いのに苦い、柑橘とクローブ。


 膨らんだドレスの膝裏を、同じように重たい布の気配が押す。下ろしかけていた靴のすぐ後ろに、誰かの爪先が“乗った”のを咄嗟に避けようとして、踵が布を噛み、絡んだ。


 正面の女生徒の張った肩が胸に——掌の圧が腰骨の少し下に——同時に“とん”ときて——


 世界が縦に伸びた。


 視界の端で、リースが回転する。

 下の階の星の灯りが斜めに流れる。


 伸ばした手が手すりの上で空を切った。


 魔法は——出るわけなかった。   


(“落ちる——堪えようとする。できない”)


 ゲームで見た、黒い画面に白文字の“死亡テキスト”が、心臓の冷たさと一緒に、現実の私に重なった——


正面の口元が、にぃ、と動いた気がした。


 再び、鈴の音——


 その刹那、背中からすっと風が滑り込んだ。裾が軽く持ち上がる。腰に硬い腕。引かれる。斜めに倒れかけていた体が立て直された。


 その時、耳元で声がした。


「……大丈夫。——立てる?」


 アンだ。片腕で腰を支え、もう片方で手すりの飾り紐に指をかけたまま。


 次の瞬間には、私は踊り場の内側へくるりと戻され、壁に肩が当たって遅れて痛みが走った。


 列がざわめき、人の流れが少し崩れかける。私を押した誰かは香りだけを残して波の後ろへ溶けていっている。


「っ、ありが——」


 声が喉で詰まる。アンは私を一瞥してから、周囲へ視線を走らせ、笑顔で手を振った。「つまずいただけ」とでも言うように。そして、私の前に跪いてぼそりと。


「裾、やられてる。——クロークへ」


 見ると、裾のビーズが一列、糸が切れて粒が床に散っていた。


 私たちは階段の列から外れて、下の部屋へ移った。鏡前で立ち尽くす私に、アンのものではないヒールの音が近づく。ローゼリアだ。まっすぐ来て、きっぱり言う。


「その裾では危険ですわね——予備を持っていますの。サイズ、近いはず。お貸しします」


「……いいんですか?」


「もちろん」


 包みを解くと、濃い葡萄色の装飾少なめのドレス。踊りやすい重さ、上品なカット。私は頷き、震える指で背のホックを外した。鏡の中の顔は青く、目だけが赤い——ゲームには映らない、現実の顔。


 布が肌に落ち着いて、ようやく呼吸が深くなる。髪をまとめ直そうとして手が止まると、ローゼリアが飾りピンを一つ差し出した。


「行けますわね」


 頷く。部屋の扉のほうへ視線を向け身を傾けかけると、アンが目だけで止めた。


「追うのは、私がやる」


 短い言葉に、私は口を結ぶ。——そのとき、彼女の手首で、見覚えのある革紐がほんの一瞬、微かに震えたのを見た。


 アンが出た後、遅れて私も外に戻ると、人の流れは何も知らない顔で、ただ流れ続けていた。


次回【階段の裏側 アンside】

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