58.それぞれの胸
保健室での目覚め〜ソフィアside〜
反省、それでも〜アンside ~
続けてお送りします
【保健室での目覚め〜ソフィアside〜】
目を覚ますと、まず、消毒薬と洗い立てのリネンの匂いがした。
ぼうっとする頭のまま、首だけ動かして横を見る。
薄いカーテン越しに午後の光が四角く床へ落ちていた。
そして、その横に、椅子に腰かけて窓の方を見ているエルヴィス。
「あ……」
声をかけようとして咳が出てから、喉がカラカラなのに気づいた。
エルヴィスがこちらを見た。
「起きたね」
落ち着いた声。そっと立ち上がり近づいてくると、私の額にあった氷嚢をそっと外す。
「大丈夫かい?」
「……ここ、保健室です?」
掠れた声で聞くと「うん」と返答。
「騎士隊が運んでくれた。熱はもう下がってる。魔力の使いすぎ——保健師いわく“お祭り名物”だって」
小さく笑って説明しながら、サイドテーブルにあった白い陶器のカップに、水差しを傾ける。
差し出されるカップ。口をつけると、ぬるい水がひと筋、乾いていた喉をすべった。
息を吐く。
——ふと、枕元の小さな布袋が目に入った。
口を縛る麻紐に、紙札が一枚くっついている。
〈委員よりお預かり〉とだけ、走り書き。
カップを置く。紐をほどく。転がり出た小瓶は、赤と青——体力と魔力の〈回復薬〉。ラベルが購買にも売ってるのと同じだけど、容量が少し多い。
そして、布袋の中にはまだ包みがあった。
手触りはごろごろ。
開けると、色とりどりの魔石がいくつも出てきた。光、風、水、土、火、氷、雷、闇……最初は“私の”が返ってきたのかと思った。
けれど、私が作っていたのよりサイズがひとまわり大きい。
(しかも、特徴的ね)
縁がきれいに面取りされている——いや、されすぎていて、もはや“丸く”なっていた。触ると指が吸い付きそうなくらいなめらかだ。それがどれも同じ。
(市販品じゃない)
そう感じ取れるくらいには、誰か“ひとり”の癖が乗っているのがわかった。
ただ——
(……全種類?)
「……殿下?」
「僕じゃないよ」
エルヴィスはかすかに笑って、首を振る。
「ずいぶん無理をしていたみたいだね」
「……すみません」
「いや、謝ることじゃない。みんなこういう日は張り切る。見に来る人のためにも、自分のためにも。それはいいんだ」
そこで彼は少しだけ視線を落とし、言葉を選ぶように間を置いた。
「ただ、たまに心配になる。ソフィア」
柔らかい声のまま、刃のない問いが置かれる。
「君は——誰のために走ってる?」
胸の奥で、何かがきゅっと縮んだ。
(そんなの——)
(“ハーレムを叶えるため”に決まってる)
“ヒロインだから”
“ここはゲームで”
口癖のような言葉が喉まで上がってきかけ——あの時、猫又と私の間に飛び出してきた背中を思い出した。
言葉が、消える。
枕元の石たちが、ひとつぶ、ころりと音を立てた。誰かの手を思わせる丁寧さ。
でも、わからない。
(こんなものを私にくれる人なんて——)
エルヴィスは追い詰めるような目をしない。ただ、一歩さがる。
「今日は、もう考えないで。水はここ。ポーションは保健師と相談してからね。——起き上がれそうなら呼んで。僕は外で書類の確認をしてる」
「……はい」
カーテンがやさしく揺れ、影が離れていく。静けさが戻る。遠くの外で、吹奏の残り香みたいな音が流れた。
石を、ひとつ掌にのせる。冷たさが肌にうつり、呼吸がゆっくり整っていく。
(誰のため——)
答えは、まだ喉を通らない。けれど、その問いだけは、金環みたいに胸の内側を一周して、静かに光り続けていた。
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【反省、それでも〜アンside ~】
リックは工房台の端で手袋を外し、真っ赤になった掌を冷やしていた。
「……ごめん」
視線を落とすと、彼はそっぽを向く。
「大したことねえよ。つか、お嬢のせいでもねぇだろ」
「……そうね」
——リックは知らない。
あの猫又は、私がディーン先生とソフィアの出会いを“ずらした”結果の取りこぼしだということを。
あれは、私にも、想定の外だった。
「……それでも、ごめん」
そう言って、私はさっき教室のゴミ箱から拾ってきた聖の魔石——ソフィアの共鳴宝珠の破損石だ。捨てられていた——を手にする。
それを水と氷で薄く包んで簡易の冷却板にし、彼の掌にあてる。
見た目は、握った聖の石を芯に、私の魔法が半透明のグローブみたいに手を覆っている——そんな感じだ。
「相変わらず便利だな、その冷やす魔法」
「ええ。今日は聖の魔石つき。拾い物だけど。治りが早いはず」
「……割れてるけどな。使えんのか」
「……補助的に使うくらいなら」
「……へえ?」
少し疑っているような声。
けれど、私は小さく首を振る。それだけで、リックはそれ以上深くは聞かなかった。
「ま、いい。……ありがとな」
「こっちこそ。——助けてくれて、ありがとう」
“誰を”とまで言わなくても伝わる。リックは一瞬だけ片眉を上げたけど、何も言わずに目線を落とした。
私は手の中の魔石の欠けて鋭くなった角を撫でる。
(これは、作りかけの失敗とか内側からの破裂とか、そういう割れ方じゃない——誰かが壊した跡)
ふぅ、と息を吐く。
(結果、無茶に繋がった)
きっと、ソフィアは不安でも突っ込み、意地で引き返さない——そういう子なんだろう。
その意地の半分は、私が煽ったところもきっとある。
それは見ないふりをしない。
(それでも——)
私は私のやり方で進める。
視線を散らし、用意し、道を整える。
——それしか、できないから。
ソフィアのゲーム脳にようやくヒビが入ったところで
ほんの少し息継ぎです↓
次回【文化祭展示物(魔道具)の評価結果と表彰式】




