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親友ポジのタイムリーパーは、転生ヒロインのハーレムを阻止したい 〜台本を閉じる方法〜  作者: 月乃ふくや
文化祭

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57.文化祭全日程〜アンside〜

 


 一日目。


 ソフィアの展示の周りは、朝から人だかりだった。

「素敵」という声がいくつも落ちる。


 私は教室の外から一度だけ覗き、輪がきれいに回っているのを確かめてから、巡回へ戻った。


 廊下の導線を見ながら歩く。人とすれ違いかけて、矢印シールが一枚、悪戯で逆向きになっているのに気づく。


 他の委員の子が気づく前に、さりげなく剥がして貼り直した。


 途中、廊下の柱にチョークの落書きを見つける。

 

 ── 『魔女ソフィア』みたいな雑ないじり──


 一つじゃなかった。見つけ次第、全部消してから、やりすぎか、と手を止めて苦笑した。


「ここまでしなくていい、はずなんだけど。

……これはもう、癖ね」



 正面玄関を出てすぐの石畳の一番角では、《道具診療所》の布看板が風に鳴っていた。

 列がけっこうできて、しかも、わいわい賑わっている。


 ブースの中にいるのは三人だ。工房の若手の人たち。

 その中で、一段速く捌いていく机がリックだった。

 

「この杖、重心ズレて振り抜き悪い」「鉛の玉をここ。——ほら、回転が前に伸びる」

「魔石、角が欠けて光が濁るんです」「面取りして、薄膜。——はい、色が戻った」

「耐熱手袋、指が余る」「詰め革を噛ませる。——火傷、減る」


 リックは直す前に必ず理由を短く言い、手に無駄がない。


 見ているうちに、周りの顔色がほぐれていき、気づけば“直っていくのを見ているのが面白い”人だかり。


 いつの間にか“人気展示ランキング”の端に、このテントの番号が書き込まれていた(誰の仕業かは知らない)。


 通りかかった生活指導の先生が腕を組んで「今年はトラブルが少ないな」と頷いていた——その一言に、思わず頬が緩んだ。


「あとで差し入れしなきゃね」


 そんなことを呟けるくらいには、その日は余裕と安心が満ちていた。






 二日目。


 巡回の途中、サシャがブルーノの腕を引いて楽しそうに屋台を梯子しているところに遭遇した。


「アン! ちゃんと食べてる?」


 そう言って「いる?」と揚げたポテトを刺した串を差し出してくるサシャ。私は、先端の一つだけをもらって口に運んだ。


「ありがとう、サシャ」


 もぐもぐしながら礼をする。


「どういたしまして! あ、そうだ。アン、見た?」


「ん? なんのこと——」


 私は首を傾げかけたけど、サシャがブルーノの陰に隠れるようにして、にこにこと指を差す先を見れば、答えはわかった。


 ローゼリアとアレスがふたりで蜂蜜と果実水のテントに並んでいる。

 

 彼女が軒先の看板を見ながら指を動かして何かを言い、彼はぶっきらぼうな顔のままだけど、首を傾け、頷いている。


「ふふ」

 サシャの笑い声。

「仲良しに戻れて良かったよねえ。デートしてる」


 頬を当てたしみじみとした囁き。


 私は(あなたたちもデートでは?)と心の中だけでつぶやいて、彼女の横のブルーノを見上げた。

 彼は眼鏡のズレを直すふりをして私から目を逸らした。


✳︎


 それからすぐ、サーチェスに出会した。


「ああ、君か、マークス」


「サーチェス様、お疲れ様です」


 お辞儀する私の前でぴたりと立ち止まり、彼はいつも通りの落ち着いた声で言う。


「矢印、効いてるな。角の滞留が少ない」


「騎士隊のみなさんの誘導あってこそです」


「ああ、そう言われると張りが出る。明日まで同じ流れを維持したい。詰まる兆候があれば、こちらで回す」


「ええ。ありがとうございます」


 要件だけを二つ三つ。昨日の感知で、迷い犬かなにかが入り込んだかもしれないとか——少し心配になったが、礼を交わして別れる。短い会話だったが、背筋が整った。


✳︎

 

 角を曲がると、コホンとひとつ咳をしたフィンがこちらに気付いて手を振った。


「……最近、冷えてきましたよね」


 間を吹き抜けたほんの少し乾いた風を感じながら、私は自然に聞こえるように言う。


「やぁ。でも、道は機嫌よく流れてる。矢印の“艶”、いいね」


 フィン先輩はいつも通りに目の縁を緩めた笑いで答えた。


「死蔵品の在庫処分ですが。効いているなら、幸いです」


「効いてる効いてる。

 ——で、マークスは“在庫処分”で評判を稼ぎ、購買は渋滞せず、事故も減る。誰も損をしない。

 君が少し悪く言われてしまうことを除けば、ね」


 軽く含みのあるウィンク。肩の力を落として、私は答える。


「……まあ……結果が出れば十分なので」  


「君の思う結果って?」


「……行き先の安全です」


「あ、いい答えだね」


 空気がわずかにゆるむ。


「——また話そう、“アンちゃん”。『どこへ』行きたいかの続きもね。

 “できるだけ早いうちに”」


 そう言って、彼は目尻だけで笑った。


(早いうちに、ね。あの人の癖。まるで期限があるみたいに言う)


 去っていった背中から目を逸らし、胸に手を当てる。

 氷を丸ごと飲み込んだみたいな冷たい罪悪感が胃まで落ちずに留まっている。そんな鈍い詰まりがあった。


(……あんまり仲良くしたくないんだけどな、あとが辛いから)


 人の波に目をやって、息を吐いた。 





 三日目の昼。


 中庭は吹奏楽で立ち見が折り重なっていた。その背を抜けて生垣の迷路へ。


 そこでは、たくさんの子どもが走って、わいわいと騒いでいた。


 迷路の中心には“宝箱”と書かれたスタンプ台を置いていて、出口に向かう道には矢印。


 はしゃぐ笑い声。保護者も笑っている。


 出入り口には中の監視具の受信機を立てていて、何かあれば係がすぐ飛ぶ予定になっているけど、今のところ出番はなさそうだった。


「アンジェリクさん、休憩?」


 生垣の外の縁で、庭師さんが革手袋越しに手を振る。


「どうでしょう……見回りのつもりです。……でも、また空気を吸いに来たのが本音です」


 ちょっと力なく笑った。


「そっか。それなら、いくらでも吸っていって」


「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げた。


 それからふと姿勢を正し、迷路を見る。子供たちが切れ目からひょこりと顔を出してはまた奥へいく。


「……泣いてる子がいないですね。迷いそうで、迷ってない」


「影と開けたところを交互に置いてるんだ。ほら、悩んでも、風が吹くと『こっちかな?』って歩き出せるだろう? 

 自分の足で歩いてるって実感があるから迷いにくいんだよ」


「面白いですね……。私の矢印もちゃんと手伝えてますか?」


「うん、とても。目が自然にそっちへ行く」


 そんなことを話していると、庭師さんがふいに顔を上げ、耳を澄ますみたいに首を傾けた。


 その半拍あとで、風が生垣を撫で、葉が一斉に向きを変える。


 ざわり、と。


 それから——その直後、私の腕の受信機が赤で弾けた。 


 方向は模擬店通り。

 

 シフト表が頭の中で高速で捲られる。

 この時間帯なら……


(ソフィアが見回ってるはず……!)


「っ……何かあったみたいです! すみません!」


 会釈して駆け出すと、背中に「気をつけて」とやわらかな声が落ちた。



✳︎ ✳︎ ✳︎


 中庭から校舎を抜けて正面へ。押し寄せてくる人垣をばらすのに矢印をところどころ切り替えながら、走る。


 やがて切れ目に見えた——巨大な猫又。テントと同じくらいの大きさだ。


 他の騎士隊がわずかに残っていた人たちを押し出している。その向こうに金砂の土壁。猫との間にある。


 その土壁の手前に——リックと、ソフィア。


 視界に入った瞬間、目の奥が赤くなる。


(何か……!)


 足は止めずに目を左右へ。頭の奥で、別の周回の記憶が小さく灯った。


 ディーン先生と恋人だった周で、ソフィアが笑って話したこと。


『先生と話すきっかけになった猫又ちゃん? 

どうやって保護したかって……習性を使ったの。布で包む“ねこづつみ”。すぐ落ち着くから』


 キ……ッとブレーキをかけたみたいに足が止まる。そして近くのテントの屋根——防火布の留め具を速攻で弾き、剥ぎ取った。ぶわり、風を孕ませる。


「ディーン先生!」


 叫んで投げる。先生がハッとこちらを見て、掌の風で布を持ち上げる。


 布は空気を含んで大きく膨らみ、猫又の上にふわりと乗った。瞬時に、包み、締まる。


 暴れる四肢の力が、しゅん、と消えた。


 先生は毛の隙間に薬を差し込み、呼吸が落ちるのを確認すると、教師権限の転移石を切る。光が開き、跳ぶ。おそらく保護室だ。


 その光が消えたあと、リックが片膝をつく。


 その背にもたれかかったソフィアが、静かに、眠るように崩れた。


「大丈夫!?」


 急いで駆け寄る。リックが斜めに視線を寄越してくるけど、体は動かさない。


「そいつ……」


「ええ」


 ソフィアの額に手を当てる。熱い。——魔力の熱が抜けずに揺れている。

 頬は火照っているのに、指先は冷たく冷えていた。


(……ずっと、無理してたんだわ)


 ぎゅっとこめかみに力が入る。


 ——それも昨日今日の話じゃなくて。

 

 きっと、もっとずっと。


 入学式の次の日、早朝、私が教室についた時にすでに席にいた彼女の姿を、今さら思い出して歯噛みする。


 『補正力なの!?』と流してしまったあの時にも、確かに、あの子はノートを手に『予習に決まってるでしょ』と言っていた。


 きっと、夏の期末もこの文化祭の準備の間もずっとそんな感じで……。

 

 過去のソフィアには渡しておいて今回は渡していなかった〈回復薬〉の残像が浮かんで、頭を振った。


(——後悔よりも、“今”は)


 空を一度だけ仰いで、呼吸を整える。


「担架! 騎士隊、担架を!」


 声が飛ぶ。人の流れが開く。


 矢印の道が“非常口”に切り替わる音が、聞こえた気がした。





 ——言いがかりを呼ぶ危険は承知だった。


 ——それでも、この子に向かう悪意が膨らむのは、もっと嫌だった。


 先の危険を断ち切れるなら、ここで。

 事故も混雑も何も、恋のフラグにも繋げさせない。

 そう思って“道”を敷いてきた。

 

 今日は、それが働いた。誰も潰れなかったし、誰も燃えなかった。


 けれど、その中で、ひとりだけ——限界まで走って、倒れた子がいる。


(赤を見れば走る——癖みたいに。周りの“道”ばかり整えて、肝心の彼女を見ていなかった)


 



次回【それぞれの胸】

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