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親友ポジのタイムリーパーは、転生ヒロインのハーレムを阻止したい 〜台本を閉じる方法〜  作者: 月乃ふくや
文化祭

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56.文化祭Ⅲ 騒動 〜ソフィアside〜

限界は唐突にくる。



 文化祭三日目。


 共鳴宝珠は変わらず盛況だった。昨夜の崩壊なんてさも知らない顔で、うまく稼働していた。


 台座の下、調律石の熱もほどほどで、篭りすぎてない。


 ただ——


(……ねっむい)


 まぶたを擦る。


 徹夜の疲れがまだ肩から手先に残っていた。近くで見守りながら、ときどき薄く宝珠に魔力を通す。そのたび、冷えた指が震えそうになるのを、私は温い調律石にあてて誤魔化していた。


(……まあ、このくらいなら、もつでしょ)


 なんとかなるわ、と。この時はまだそう思っていた。本当に。






 午前の波が落ち着いたところで、委員の見回りのために教室を出た。


 今日のコースは模擬店通り。ついでに昼に食べるものも買おうと、テントの並びを思い浮かべる。


 持ちやすいのはピロシキみたいな包み焼きか、甘いチュロスか……


 けど。


(なんか、湧かないわね)


 ふぅ、とため息をついた。とりあえず保留にする。


 正面玄関から一歩外に出ると、人の行列と呼び込みの声がぜんぶ混ざり合った熱気が一気に押し寄せてきて「うっ」と目を細めた。


 ついでに玄関すぐ横のリックたちのテントを通り過ぎる時、ちらっと見たけど、姿はなかった。ちょうど留守っぽい。よかった。昨日の今日で顔をあわせれる気はしなかった。


(——昨日……)


 頭の奥で、影が差す。


 そのまま門まで一本道になっている模擬店通りのバルーンやくじの前を素通りする。「やっていくー?」とか声をかけられた気はしたけど、気づかないふりをした。

 

 食品テントの並びへ近づくにつれて、人混みと空気にソースと甘い匂いが絡みだした。普通なら食欲を誘う匂い。けど、今は胸に詰まる。


 鼻で息をしないように浅いところで止め、できるだけ通りの端を歩いていく。


 笑い声。

 ざわめき。

 鉄板の熱。


 二の腕に巻いた腕章を握りしめる。

 

 頭の中では、昨夜の“壊されて床に散らばっていた共鳴宝珠”の映像がまだ冷たく再生されていた。


(正直、衝撃だったわね——

 ゲームでローゼリアからされた嫌がらせには“あれ”はなかったから)


 ——だから、驚いた。


 ——でも、対処できた。


(そうよ。大丈夫)


 握りしめていた指の力を抜く。


(あんなのどうせモブの嫌がらせ。シナリオに乗り切らなかった分が出ただけ。私が注目されている証拠みたいなもので……)


 ぶつぶつと、苛立つ自分を宥めるように言葉を並べて歩く。


 けれど。


(それで……?)


 一歩。


 足が、ふっと止まった。


 ——その時だった。


 誰かの悲鳴が空気を裂いたのと、同時に、手首の受信機が弾けビクリと体が跳ねた。


 ハッと見下ろす。


 受信機の窓の色が赤——緊急の合図。

 方向は、このまま先。門の近くだった。


 私がきっと一番近い。そう思って走り出した。


 さっきまでの祭りの賑やかさから打って変わり、悲鳴を上げながら押し寄せてくる人波。

 それをかき分けるように逆走していく。


 やがて——その人垣の頭の向こうに、炎を先端につけた長い尾が二本、空でうねるのを見た。




✳︎ ✳︎ ✳︎


「な、なにあれ……」


 思わず呆然とする。


 人の頭より高いところに、お腹がある——巨大な猫が唸り、二本の尻尾が石畳を叩いていた。


(猫又……魔獣ってやつ?)


 ようやく人垣を抜ける。近くの模擬店の生徒や客たちはもう散り散りに逃げていたあとだった。


 ただ——


(やばいわよね、あれ)


 猫又が火のついた尻尾をふり、テントをぶった。耐火布だし丈夫だからすぐには破れない。


 けど、その下にはまだ熱を持ってるはずの鉄板や鍋がある。油もある。


 怪我だけで済まない、最悪の事態になることも想像できた。

 流れてきた汗を、勢いで払う。


(というかなんなの、あれは!

 ゲームだったらストーリーイベントレベルの事態だけど、さすがにあんなの知らないわよ!

 どうやって対処しろって——)


 心の中で悪態をついた。


 けれど——そうしながら近づくうちに、気づいた。


 猫のぶち模様。

 額のハート型。


 見覚えがあった。

 

 ——画面越しで。


 ハッとした。


(ディーンのイベントの……!!

迷子の猫又だ——あの子)


 そう思った瞬間、私は猫又の前へ走り出た。


 猫又がこっちを見る。獲物を見つけたみたいにシャーッと鳴いて、毛がぶわりと殺気立つ。


(止めなくちゃ)


 どうするかは考えもしなかった。ただ止めて、騒ぎを終わらせる、そのつもりで。


 反射で聖の魔法で結界を発動しようとした——


 なのに


(——出ない)


 胸の奥が、“カラン”と空洞みたいな音を立てた。


(あ……そっか)


 連夜の魔石作り。

 日中は常に調整。

 昨夜の作り直し。

 ここまでずっと、私は魔力を使い続けていた。


(ううん、それだけじゃない)


 ——私、入学してからずっと……。


 限界、という言葉が、遅れて意味を持つ。


 猫の爪が斜めに振り下ろされる。早い。縦長の瞳孔の中に私が映っているのが見えた。


(よけられない——)


 そう思った次の瞬間


 ——影が割り込んだ。


「下がれ!」


 リックだ。職人の防刃グローブが鈍く火花を散らし、致命の軌道だけ逸らす。


 そして猫又が怯んだ隙に、腰袋から角の欠けた《土色の魔石》を引き抜き、石畳へ叩きつけた。


 衝撃起動——ぱん!低く鳴る音と一緒に頭より高い土壁が立ち上がった。

 

「なんで……」


 呆然と背中を見る。


「攻略対象でもないのに」


 驚きが声になって漏れると、リックは背を向けたまま「あぁ!?」と顔だけ振り返って怒鳴るように叫んだ。


「気がついたら動いてたんだよ、悪いか!」


 猫又はまだ興奮した声を上げて、爪を土の壁にたてていた。次第に砂がざら…と崩れ始め、隙間ができる。


 隙間から覗く目。牙。


 二度目の攻撃は爪じゃなかった。口がガバッと開き、牙が土壁に刺さる——軋む——リックがぐっと歯を食いしばった。


(だめ、破られる)


 そう思った——猫の牙がバキリと壁を破ったその瞬間、破られた壁の内側に、さらに硬くせりあがった二枚目の土壁が生まれて、攻撃を受け止めた。


 はっと横を見る。


 砂色と緑色の髪が目についた。サーチェスとディーンだ。


 騎士隊の見回りと教師たちが追いついた。


「無事か!?」


 他の隊士の誰よりも速く駆けてきた先頭のサーチェスが剣を抜き、他は人垣を外へ押し出す。


「退避! 子どもを先に!」


 ディーンが猫を興奮させない距離まで駆け寄り、姿勢を落として動きと目を見る。焦点の荒れをひと目で読み取ったみたいで、短く判断する。


「怪我を負っているのか。薬が要る。なんとか保定を——」


 探るように周りを見る。そこへ、風を孕んだ大判の耐火布が空を走った。


「ディーン先生!」


 誰かの声。


 ディーンはすぐに動いた。片腕を伸ばして風を掴むように掌を動かす。


 バッ


 猫の体のさらに上空で、布が広がり、続けてふわりと落ちて猫又を包む。四肢の力が急に、しゅん、と抜けた。


 すかさず、走り寄り毛の隙間に薬を差し込むディーン。

 猫又の呼吸が落ちていく。ぐらりとその体が倒れる前に、教師権限の転移石を使い、どこかへ跳ぶ光が揺れた。


 土壁の残りが崩れ、リックがぐらりと膝をつく。その背中に、私も静かにもたれかかる。力が抜けた。眠るように、視界が、すうっと暗くなる——。


次回【その頃のアン】

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