54.文化祭開始〜ソフィアside〜
ソフィア視点で、文化祭スタート回です。
一日目の朝。
校舎正面から正門にかけて白い耐火布のテントが並んで、吹奏楽の音が風に絡み、石畳には揚げ菓子と焼き肉の匂いが折り重なる。
床の矢印シールが人の流れを揃え、裏方は固定座標ロープで荷を運ぶ。
監視具の鈴は、まだ黙っていた。
教室の私の机のまわりには、もう人垣ができている。
台座の上、透明ドームの中の宝珠が、来場者の声で七色に応える。
高い声は赤。滑らかなロングトーンは青。囁きは緑、低音は黄、手拍子のリズムは紫。
複数で音を合わせると、外周に金環が走って、歓声と拍手が沸く。
「素敵ね」「きれい」——落ちてくる言葉に満足しながら、調律のための魔力を、必要なときだけ薄く流す。
息を合わせるように、七つの属性を噛み合わせ、最後だけ静かに落とす。
扉の外に、委員見回りの腕章をつけたアンが一度だけ覗いていったけど、すぐ巡回へ消えた。
昼休みにはエルヴィスが顔を出し、穏やかに笑った。
「きれいだね。色が人の声に寄り添っている」
「ありがとうございます」
フィンは外周の刻印を指でなぞりながら小声で。
「ご褒美の金環演出、好きだなぁ」
と。いい感触。
その時、少し後ろの方でひそひそ声がした。
「……ああいうのばっかり目立つよね」
「なんか“主役です”って感じでちょっと苦手」
ふふん、と鼻を鳴らす。気にしない。むしろ言ってなさい、と心の中で笑って胸を張った。
(ヒロインってそういうものよ。賞賛も僻みもぜーんぶ向く。それで最後に鼻を明かしてやるの。それが一番、“らしい”シナリオ)
廊下の窓から中庭の生垣をちらっと見た。
好感度アップになるかと「来場する子どものために」と私が提案したブース。枝のあいだに吊った小さな灯籠が布越しにやわらかく点っている。
はしゃぎ声はうるさいくらいしている。泣いてる声は聞こえない——遠目でもうまく“遊び場”になっているのがわかった。
問題はない。何も。
そんな感じで、一日目は、無事に終わった。
ただ一度、中庭近くの監視具が橙を点けたが何もなかった。風が強かったから——で片づけられた。
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二日目も盛況だった。
(でも浮かれない。三日目まで、走り切るわ)
と言っても、ずっと宝珠にばかり張り付いているわけにはいかない。文化祭なんて、歩けばイベントにぶちあたる絶好の機会なのに。
デモを一時停止して札を伏せ、担当を交代してもらってから、私はほかの“対象者”を回ってみた。
サシャと並ぶブルーノの《香る泡の庭》。泡の薄い虹の幕と、霧のきらめきが重なっている。
「とっても精密ね、ブルーノ君の作品。人もたくさん集まってる」
サシャが来場の子に説明している隙を見て、ブルーノに声をかけた。
「ありがとう。でも、君の宝珠も。作り上げるまでもかなりの手間がかかったんじゃないかい?」
ブルーノが私の机へ視線を向けた。
「ほんの少し頑張っただけ。……ふたりと同じ」
「そう」
ふたり、とまとめて言ったのがよかった。ブルーノの眼鏡の奥の瞳が少しだけ和らいだ。
でも。
「委員もあるんだ、お互い無理しないようにしよう」
距離感はきれいに保たれたまま、そう言い置いて、自分の調整に戻っていった。
私の中には、ちょっと不満が残る。
(私の言葉で“認められた”と喜んだんじゃないわね。今のは、彼女との頑張りを思い出してた顔だった)
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次は、コロシアム脇の巡回でサーチェスに会った。
鎧の留め具を無駄なく直しながら、短く視線だけ寄越してくる。
「昨日の、中庭西の橙。念のため確認したら、体温の低い個体……獣の通過反応の可能性があったそうだ。迷い犬かもしれない。誤検知の範囲だが、委員も導線の確認を。……こちらは警戒」
「そうなのね、了解」
「ああ」
それだけ。以前、訓練場を覗いたときも反応は薄かった——行き過ぎれば黄色い声の群れと同じになる、と自分に言い聞かせて控えてきた。
いまは委員と巡回員として、仕事の言葉だけ交わせる程度。
(まあ、もともと簡単にデレる人じゃないし。仕方ないか……)
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講堂裏ではディーンが搬入口の火気を点検していた。視線は備品の温度計と記録表へ。
「テレーゼか。調律石の温度は定時で確認しろ。過負荷は禁止だ」
「はい……」
「以上。持ち場へ戻りなさい」
超・事務的。でも教師としては当然の口調。
それ以上の押し込み方が思い浮かばなくて、私は返事だけして踵を返した。
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教室に戻る途中、手前の廊下の角で、アレスとローゼリアが屋台の串を分けているところに出会した。
私に気づいたローゼリアが丁寧に会釈し、アレスはちらと視線を寄越す。
「やるじゃないか」
顎で教室の入り口を示しながら、短い評価。
ローゼリアと“ヨリを戻して(?)”からのアレスは、ここ最近、私への距離感を考え直したみたいで、こんな感じだ。
(もともと決して甘かったわけじゃないけど)
そう。急に突き放されたわけじゃない。
けれど、比重は完全に彼女のほうに置いていて、きちんとこちらにはクラスメイトとしての線を引き直した、みたいな。
私は「ありがとう」と返して通り過ぎた。
——もういいわ、今日の私は“委員”。
それでも、きっと終わったら私が注目されて。
それで……
(本当に?)
一瞬だけ思考にささくれだったものが刺した。
その夕方。
客が帰り、委員の最後の見回りも終わり、監視具の灯が落ちたあと。
調律石と魔石の状態確認をし忘れていたことを思い出して教室に戻った私は、そこで見た光景に、息を呑んだ。
ヒロイン、それでもーー
次回【夕暮れの教室で見たもの】




