53.舞台の立つ前日
そっと揃った。
文化祭前日。ともなると、どの教室にも小さな舞台が立つ。
その中でも中央——いちばん厚い人垣は、ソフィアの机だった。
黒檀の台座の手前に小札《共鳴宝珠》。
その上に、羅針盤めいた銀の目盛り円盤。中央は掌より少し大きい透明ドーム。
縁に七色の小窓、足元の床には〈ここに立って〉の案内。
ドーム縁の細いスリットは、声や手拍子を吸う“口”。
「誰か、声をかけてみて?」
促されて一年生が「わっ」と張る。次の瞬間、ドーム内に赤い光の糸が立ち、円周をひと回り。
別の子が囁くように「ふー……」と息を混ぜれば、輪の一部が柔らかな緑に変わる。
後ろから「ら〜」と伸ばすと青が静かに深まり、低く安定した「おー」で芯に黄が宿る。
誰かがぱん、ぱん、と二度手を打てば、細い紫の稲妻が輪を走り、全体の発色が一段鮮やかに。
三人が顔を見合わせ、綺麗なハミングをそろえた瞬間、外周の刻印に沿って金の環がすっと走った。
ご褒美みたいな綺麗な演出だ。どっと湧く歓声。
「仕掛けは単純よ」
ソフィアは要点だけ示す。
風で振動を拾い、雷で拍や破裂音を読み分け、土で基音を芯に固定。
揺れは水で薄く減衰、伸ばした音は氷で保持。
入りの勢いは火で励起し、最後に光(聖)を色片に透過させて色光へ。
闇は出過ぎたものを静かに鎮めるだけ。
八つを同時に噛み合わせ、最後だけきちんと落とす——
(言うほど単純じゃないでしょうに)
私は内心でツッコむ。全属性同時運転は、作るのも保つのも骨が折れるものだ。
(素敵は素敵)
ふうと息を吐く。
(けど、あの箱、都度調整も必要そう。文化祭の間、魔力の配分——持つのかしら)
少しだけ心配だ。
けれどその時、廊下の見張り機が短く橙で点った。巡回の上級生が走って確認——原因は、観客の歓声と拍手の“圧”だった。
まあ、仕方ない。騒ぎと歓声はセンサーから見れば姉妹だもんな、とみんなで苦笑してから、運用を「演奏・歓声帯は閾値を下げる。赤だけ即時対応」に切り替えた。
矢印シールの導線は、ソフィアの人垣を正面から当てず、斜めに抜けるルートで、詰まりなし。よし。
⸻
他の島にも目をやる。
サシャとブルーノの机は、細い木のアーチでひとつに束ねてあった。
札は《香る泡の庭》。
左手前は、サシャの《香泡機》。
子どもの背に合わせた低い台。
白濁しない薄膜の泡が、表面にだけ虹を載せて、ふわりと流れる。
足元マットには、
〈あわに触ってOK〉
〈たべてもいーよ〉。
右奥は、ブルーノの《微細霧化器》。
温室から借りた鉢植えを背景に、透明パネル越しにノズル角を指で微調整できる。
図解の見出しは〈葉は濡らさず根だけ〉。見れば腑に落ちる描線だ。
導線は、通路側から薄い“泡の幕”をくぐり、その先で霧のきらめきに視線が吸い込まれる形。
矢印はアーチの足元でいったん“たまり”を作り、そこから横へさらりと払う。
ローゼリアとアレスの《耐火手袋・意匠更新》は、正統派の見せ方。
天鵞絨の黒布、金糸の縁取り。
マネキンハンドには、レースとサテン風の意匠版。
その隣に、縫い目の荒い実験版が、控えめに並ぶ。
前面には〈安全デモ:毎時00分〉。
防護板つきの透明の小箱の中で短い炎輪を通して“1秒で焦げない”を淡々と見せる段取りだ。
背面ボードには、織りと魔符の断面図を拡大。
コピーは「機能は据え置き、装いは前へ」。
手前には小さな試着コーナー(サイズ合わせのみ・火入れ不可)。
札には、アレスの硬い字で〈指先の感覚を損なわない〉。
横に、ローゼリアのまっすぐな字で〈“怖いままでも、やる”〉。
他の島もよくできている。あちこち眺めて回る。毎回、全員分の魔道具までは見ていないから、それなりに楽しめる。
黒板前の一画も賑やかだ。やや広めにスペースを取ったその島は《ゴーレム土俵》。土属性何人かでの共同制作だ。
外縁の溝に“成形砂”が敷いてあり、魔法無しでも手の温度と圧で、それっぽく腕を振る人形ができあがる。
土俵に乗せて、枠を“とん、とん”と叩くと前進し、ぶつかるたびにクラスの男子たちが沸いていた。
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日が傾く。通しの最終確認で、教室の見張り機が一度だけ黄を鳴らしたが、矢印は人を揉まずに回し、各島の前に小さな“たまり”を作っては解かす。
ソフィアのドームでは、金環がまたひと走り。彼女は笑っている。台座の下、魔石の過熱を抑える調律石は、近づかずともわかる程度に光り“働いて”いた。
要はソフィアはキラキラ、サシャは香り、
ブルーノは潤いで、アレスとローゼリアは温度
ゴーレム土俵、私もやりたい
次回【文化祭開始(ソフィアsideから)】




