51.死角の先にいる人
アンの死角センサーと、ちゃんと拾うサーチェスのお仕事回です。
——正直、距離を置いていた。
誰と、って、サーチェス・ブラウンに決まってる。
“剣と名で応える”なんて、あんなフラグめいた台詞。聞かなかったことにしたい。
あれは、私に向ける種類の言葉じゃない。
——なのに、委員に入ってしまったせいで、接点はむしろ増えた。仕方ないとはわかっているけれど。
今日みたいに、騎士隊との合同会議なんてまさにそうだ。
円卓を囲んだ部屋で、私は端の席に座り、必要な魔道具の配置図を淡々と確認していた。
矢印、監視具、転移ロープ。学園の簡易防風結界や照明との兼ね合い。
置き位置がずれれば流れが乱れ、事故になる。
といっても、私は“物品担当”。静かに最終調整のメモを取るだけ——のつもりだった。
議題が進むにつれ、巡回表と導線案が一通り出揃う。
そこで図面を見ていると、ひとつだけ気になる“穴”が浮かんだ。
(……ここ、詰まるな)
委員の役割は“気づいたら言う”こと。
だから、控えめに手を挙げた。
「ここ、“矢印”を少し足した方がいいです。
このままだと滞留が起きて、後ろに影響します」
すると、騎士隊の二年生が軽く笑って言った。
「もう十分だろ? おうちの商品売りたいのはわかるけどさ〜」
(……いや、別に売りたいわけではないです)
商品は商品、必要だから出してるだけ。
続けて、彼は机に肘をついた。
「てゆーか、いざとなったら俺たち騎士が出れば済む話じゃん」
その瞬間、胸の中で何かが“カチッ”と噛み合った。
考えるより先に、言葉が出た。
「強い誰かに頼る安全策は——安全とは言いません」
会議室の空気が、ほんのわずかに止まり、ハッとする。
特別なことを言ったつもりはなかった。
今のは、商会の娘として、魔導具を扱う家の娘としての、ただの“基本”であり——周回を通して身をもって覚えたこと。
とはいえ、少し空気を乱してしまったのはわかる。どう言葉を続けるべきか悩んでいると、斜め向こうの席から落ちてきたのはサーチェスの声だった。
「先輩、それは違います」
品よく先輩の軽口をたしなめ、図面を手に取って確認する。
「その箇所は確かに死角になる。……“矢印”、足しましょう」
二年生は「あ、悪い」と軽く頭を掻き、空気は穏やかに戻った。
私は図面に小さな丸印をつけた。
「……ありがとうございます」
礼を告げると、サーチェスはほんの一度、まっすぐ視線だけ寄越した。
「いや。君が正しかった」
淡々とした声。
余計な温度も、特別な感情もない……ただ筋の通った返答。
それだけ告げると、会議は解散となり、私は図面の束を抱えて廊下へ出た。
歩幅を合わせるように並んで歩いてきたサーチェスが、ふいに思い出したように言った。
「そういえば」
「はい?」
「アレスを脅したんだって?
……なかなか、やるな」
まったく悪びれた様子もなく、けれど口元だけほんの少しだけ笑って。
(なんで今それを言うのよ……変な人)
思わず喉の奥から乾いた息が漏れた。
私は歩調を戻しながら、図面を胸に抱え直す。
彼は何も言わず歩き去り、足音だけがまっすぐに遠ざかっていった。
どこかで聞いてから(アレスから直接ぼそっと愚痴られてたらなお良しw)、ずっとツッコミいれたかったのかな…と思うと面白いです。
次回【生垣で一息。久々の庭師さんとアン】




