50.作品たち/灰の心
アンの視点に戻って〜好感度眼鏡ようやく日の目。
なのに……
準備が進むにつれ、教室の机の上に小さな世界が並び始める。
サシャの展示は、迷っていた散水機から方針変更——虫除け効果のあるシャボン玉《香泡機》。
洗剤は使わない。買った水と風の魔石を並列に繋ぎ、香草由来の香気をほんの少しのせた薄い膜だけを魔力で成形する仕掛けだ。
膜が破れた瞬間、「ふわっ」と香りが広がる(シトロネラ+レモングラス系)。子どもが触ってもべたつかないし、床も滑らない。
「花壇の前に置いて、花にもお客さんにも優しい香りを薄く張るの」とサシャ。
(うん、彼女らしい)
ブルーノは温室向けの微細霧化器。掌大の箱から立つ霧は白くならず、光だけを散らす。
葉面を濡らしすぎない粒の細かさで、気孔のあたりだけがそっと潤う。繊細な調整が必要そうだが、そこに彼らしさが詰まっていると思う。
二人の展示は隣り合わせに置くことにした。泡で外敵を寄せつけず、霧で内側を整える。
機能の相性も見た目の相性も、抜群だ。
「過湿反応が出たら、霧の方を先に引くよ」「看板は《香る泡の庭》にしよう!」
サシャが目を輝かせて言い、ブルーノも頷いていた。
ローゼリアとアレスは、合同で防火手袋の意匠更新版。耐火性能は据え置きで、見た目をレースとサテン風にしたものだ。
——制作物の案を出した日のことを思い出す。
教室でローゼリアと「何を作るか」を話していた時だった。
むすっとした顔のアレスがつかつかとやってきたかと思うと一人で縫ったらしい初号試作を差し出して——ローゼリアは「少しデザインが古くてよ」と言って彼をガクッとさせたあと、「……でも宝物ですわ」と笑って胸に抱き締めた。
それから「ご一緒にデザインを」と、共同制作に。
(本当に落ち着いたわね、あのふたりは)
そんなことを思っていると、出入り口がざわついた。
視線を寄越すとそこには、一年生の作品を見にきたエルヴィス殿下とフィン先輩の姿。
二人はソフィアの周りの人垣へ近づく。ソフィアが自分の作品から顔を上げる。
(ちょうどいいわね)
私は、ポケットの中から“好感度眼鏡”を取り出し、目にかけた。
フレーム右上を触れると、視界の端に小さな表示が灯り、頭上にハートの色が浮かぶ。
確認のため、ローゼリアとアレスを見る——橙から赤。張り詰めて、甘い。
次いで、サシャとブルーノ——やわらかな緑、ところどころに桃色の芽。澄んだ、いい色。
(うん、ちゃんと機能してる。じゃあこれであの三人を——)
ソフィアと話している殿下と先輩をちらりと見る。
彼らは友情ラインだった。安堵の息をひとつ落として、下を向いた。
(よかった……)
と。
けれど、外しかけた眼鏡の枠に、二人と話すソフィアが入った瞬間——
喉がひゅっと鳴った。
(……色が、ない。灰色)
この眼鏡は、フレーム内に入ったその人が、“今”見ている相手への好感度を表示する。
今、ソフィアは殿下と先輩と確かに顔を見合わせて話しているのに。
(黒の嫌悪でもない。無)
口の中が乾く。私は指先でスイッチを落とし、眼鏡をしまった。
夕方、通りの購買の横。工房台の片付けの手を止めたリックが、近くに寄った私の顔色を見て首を傾げた。
「どうした?」
私はようやく口を開いた。
「ねぇ……好感度がゼロなのに、ハーレムを築きたいなんて思うものかしら」
リックは少し考える。木箱の紐を締め直しながら言った。
「あるな。腹が減ってるときほど買いすぎるようなもんだ」
私は頷かない。否定もしない。
「……“鳴ってる”のは、愛じゃなく不安だろうな」
ぼそりと付け足されたその言葉が、鉄と木の匂いの中で、妙に遠くに響いた。
…今は触れないでおく。
次回【切り替えて、騎士隊との合同会議。久々のサーチェス】




