49.夜の準備室と、魔石〜ソフィアside〜
ソフィアの夜です
文化祭の“委員”の仕事は、きちんと、率先してこなしているつもりだ。
各教室の導線、監視具の配置、反応確認、掲示物の校閲。
けれど、廊下や教室で飛び交う話題は、良い意味でも悪い意味でも、あの女——アンジェリク・マークスに流れていく。
(いいえ。注目されるのは、私。成果を出すのも、私。だって“ヒロイン”だから。——それが“シナリオ”)
委員の仕事で目立てないなら、“製作物”で差をつける。
魔道具展示。それが文化祭の目玉になるのは、審査があるから。終わった後に、表彰式があって、そこで名前をあげられたら十分なハクがつく。実力があるって認められたことになり——周りからのやっかみも減るし、攻略対象者の好感度や注目度もアップする。
ゲームのソフィアは十分にステータスを上げていれば優秀賞をとれた。私もできるはず。
文化祭準備週の夜、準備室は静かだった。灯りをひとつだけ点ける。冷えた空気。
貸出札のぶら下がった木箱が壁一面に積まれている。
その一番下の、重い蓋をずらして開けた。
乾いた木の匂いと、ほんの少しだけ金属のような冷たさが混じった空気が指先に触れた。
中にあるのは、無色透明の水晶石と色ガラス。
これから作る“箱”の材料になるものだ。
——言っても最低限しかないけど。
「……足りる。私なら、やれる」
足りない“核”は、今、作る。
持ってきた保護眼鏡を装着する。作業台に両肘を置き、私は掌を合わせた。
——息を吸って、寄せて、留める。
掌のあいだに集めた魔力を、圧縮して、結晶を“生む”ことに集中する。
派手な道具はいらない。必要なのは呼吸と魔力だけ。
——ただ、その単純が難しかったりするんだけど。
(できる。今の私なら)
そう思えるのは、アレスのスパルタ特訓を抜けたからだ。
——“立ち上げで全部出すな。七割で均せ。呼吸で決めろ”——“灯したら畳むところまでだ。最後まで制御しろ”
私が入学した時、魔法の扱いがてんでダメだったのは演技でもなんでもなく本当のことだった。
幼い頃は、火でも水でも何かを触るたびにそれが暴走していた時期もある(あれこれ適性が高すぎた反動だと思う)。
前世の記憶を持ってはいたけれど、この世界は常識も違うし、魔法を家で教えてくれる人もいなかったから、直しようもなかった。
そして、“みかねたアレスの特訓”はゲームでもあったイベントで——アンに噂の芽を潰されかけた時は悔しかったけど——流れを手にした時は「やった!」と思っていた。
これで、距離が縮まるはず、と。
(攻略対象との特訓イベント。甘いやりとり。好感度アップ——そういうものだと思っていた)
なのに、始まってみたら、甘さはゼロだった。
言葉は辛口、手は正確に直させる。
容赦なかった。やきもきして、悔しくて、何度も折れかけた。
でも踏ん張ってやり切った。
だから今は、小さく安定した出力が手に残っている。
私は目を閉じる。掌のあいだに、最初の灯りが生まれた。
聖——ぽ、と温度のない光が点る。半透明の白い結晶が豆粒の重さで落ち着く。
闇——聖と同じ拍で産む。ただ音が沈むだけで、怖くない。静けさが、光を吸って出さない粒になる。
風——皮膚を撫でる薄い圧が肩先から指先へ。すっと軽い。透き通る薄緑色の石。
水——涼しさが指先に集まり、ぷるりと生まれた青い雫が硬度を持つ。
土——低く、安定。砂色の重心が掌に残る。
炎——立ち上げで熱が跳ねた。結晶がわずかに粟立つ。
(まずい)
頭の奥で特訓の号令を、思い出す。
——「欲張るな」
入れた分は自分で受け止める。
——「吸って、止めろ、吐け」
復唱と同時に呼吸を絞る。熱がすっと落ち着いて、炎色の豆粒が静かに座った。
「ふぅ……。よし、次」
氷——水の温度を下げ風で粒子の向きを揃えるイメージ。冷たさの輪郭だけ重ねる。スワロフスキーみたいなキラキラ。
雷——火と風。マッチを擦るように立ち上がりを短く鋭く。けど尖らせすぎない。紫の石の中に黄緑っぽい雷線。
木は——生命系。今回は必要じゃない。パス。
一本、汗が首すじを伝い落ちた。保護眼鏡の縁が少し曇る。
結晶をそっと布に置き、私は見た目・音・温度を確かめる。
「白濁なし。ひびなし。熱の偏りなし」
つま先で弾いた音は、キン、と澄んで短い。
(もう一巡)
できた粒を、両手で挟む。
(焦らない。大きくしない。『濁ったらいったん無に返す』)
それだけ——“授業”で教えられた基本のままに。
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少しさかのぼる。期末試験の前、実技の「魔工基礎」の時間。教壇には、革の手袋とゴーグル、そして色とりどりの結晶のサンプルが並んだ。担当は、魔道具学のタリア先生(細い眼鏡の、説明の筋道がいつも明快な人)だ。
「文化祭では、みなさん自身の“研究”や“魔道具”を展示します。今日は、その心臓部——《魔石》の基礎をやります」
タリア先生は、黒板に要点だけを滑らかに書く。
《魔石とは:魔力を扱いやすい“形”に固定した結晶》
それから三つ。
1. 流通の基本 2. 自作の必修 3. 同調率と効率
「まず流通。自然産と工業生成。自然産は“生まれつきの属性癖”を持つ結晶。希少で高価。工業生成は《空珠》に微量の属性添加や圧縮工程を施したもの。一般流通はほぼこちら」
「二つ目。魔法をつかえる魔法士の諸君らは自分の《使える属性》の範囲で、魔石を作る課題を踏むことが必修。熟練の魔法士はみんな自製の魔石を使った道具を持ってる」
先生は掌を合わせて、三拍、息を通す。掘ったばかりの畑みたいな土の香りが一瞬して、琥珀みたいな色の澄んだ石が生まれた。濁りも亀裂もない。
「三つ目。同調率と効率。魔石を魔道具の動力源として使うのは、道具を介するほうが誰でもみんな同じ効果を引き出せるからだ。直接、魔石に魔力を通しても魔法は起こせるけど、魔力にはどうしても自分の属性が混じる。石と術者の属性が違うと、同調率と効率が下がり、安定して使えないことがある。だから核として道具に嵌めることで使う」
それからひと息ついて、先生はチョークを置き、教室に視線を巡らせた。
「あと余談として……交換文化。魔石そのものを、お守りにする文化があるよね。家族、恋人、親友と交換したことがある子もいるんじゃないかな。魔法が使えない人でも、魔法士があらかじめ魔力を込めた護り石を持っていれば、いざという時、地面に落とす(衝撃起動)だけで一瞬だけ火や風を起こせる。——だからこそ安全第一。文化祭でも、学年一年は無理に自作に拘らず、既製品を使って構わない。展示は他者に触れてもらうものだからね」
それから板書の端に、太字で《安全確認は三段階:目(白濁・ひび)→音(軽い澄んだ鳴り)→温度(過熱・過冷却なし)。だめならふっと解いてやり直し》と書き足しながら、もう一言口頭で付け加える。
「複属性(氷や雷など)も可だが、無理はしない。大きさやレア度より安定が最優先」
「彼氏彼女で交換してたよね」「親に買ったやつ持たされたよ」「うちは手製。ただたまに夜更かしとかしてると熱くなる。たぶん叱られてるんだ、あれ」と教室に小声が飛ぶ。
先生は肩をすくめる。
「青春のやりとりは止めないけど、校内展示は別。——さ、それじゃ、実習。豆粒大の魔石を、自分の得意属性ひとつで作る。防護具は手袋と保護眼鏡」
「はじめ」
アレスはボッと燃えてぴたり、炎が中心でゆらめく赤い石ができた。ブルーノは驚くほど静かに水の透明度のある石を。サーチェスは縁取りが厚くできたが、これはこれで頑丈。
わたしは——聖・風・水は一発で座ったが、土は少しざらつきが残り、炎は跳ねて白く濁りが。雷は尖らせすぎて縁が欠け、闇は重さがふらついて沈みすぎた。
先生が軽く笑う。
「テレーゼ、どれも出来るっていうのもそれはそれで大変だね。でも、良い粘り。土は練度の問題。砂の粒をもう少し細かくイメージしてごらん。炎は出し過ぎ→均し、雷は一点集中、闇は大きさを落として。今日中に三粒“安定”できれば上出来。やりすぎると魔力切れ起こすよ」
息を整え、やり直す。
二巡目、土のざらつきが均一になり、炎は落ち着く。
三巡目、雷が座る。
闇は小さく、そして静かに。完璧ではないけど、マシになってきた。
(よし、今日から毎晩練習して、文化祭までに間に合わせる)
——この授業のあと、私は決めた。文化祭で作るなら、主役らしいもの。私にしかできない、綺麗で目立つものを作ると。
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それから地味に、何日もかけた。授業のあと、委員会のあと、夜の準備室で、私は短時間の“魔力の通し”を繰り返した。
個人で作る魔石は“作ったら終わり”じゃない。毎日少しずつ自分の拍を通して、“重ね塗り”していく。微細な傷一つでも残っていれば、過熱や音割れを起こす場合があるからだって、先生は言っていた。だから何層も重ねていくんだって。
もっと魔法の腕が良ければ、すぐにでも完成品にまで仕上げられるらしいけど。
重ねていくうちに失敗もあった。ひび割れ、色くすみ、白濁。そうなるとまた作り直し。しかも私が作った魔石は一つじゃなく複合も合わせると八つ。
その全部に重ね塗りをずっと続けるんだからそりゃもう……
(……しんどい。けど、やる。一年生で、って身の丈は承知の上で決めたんだし、できたら絶対、注目してもらえる)
木材の箱も、自分で組みはじめた。回路板は購買のC型。導線は鳴りの伝達を優先して太め。
「すみません、鍵、閉めますよ」
戸口の係の声に、顔を上げずに答えた。
「あとで、鍵、返します。お願いします」
そう返す自分の声が、硬いのがわかった。けれど、やりきる。あの掲示板に名前が載らなかった分を、結果で塗り替える。
その何日目か。教室へと生徒の注文品を運んでいたリックが、準備室の戸口の影から覗いた。箱を詰め替えながら、ちらと私を見る。
「……口だけじゃねえんだな」
小さな声。私は顔を上げない。彼はそれ以上何も言わず、小瓶をひとつ、作業台の端に置いていった。ラベルに“研磨粉(超微粒)”とある。
「床、泣くぞ。粉は敷いた布の上で使え」
足音が去る。私は唇を噛んだ。
借りないと言い切りたい。
でも、展示は結果だ。使う。
研磨粉をフェルトに少量だけ落とし、魔石の縁を整える。微細な凹凸が消える。音の立ち上がりが整うのがわかった。
夜が更ける。準備室の窓の外はもう真っ暗だ。校舎の時計が、九つを打つ。私は魔石を箱に差し込み、箱の内側の受音板に、薄く魔力を通す。箱全体が、ひとつの楽器になる。指で軽く叩く。色とりどりの窓が呼吸で灯り、呼吸で消える。
(だいぶ、できてきたわ。もう少し調整は必要だけど。……でも、タイトルは決めた)
私は息を吐き、展示作品用のラベルを持ってくる。タイトルと仕様を簡潔に書く紙の札だ。
そこに書く。
《共鳴宝珠》
「鍵、預かります」
廊下からの足音を聞いて、やってきた係の人に声をかける。戸口の向こうから、「はい、お疲れさまです」と慣れた調子の柔らかい返事。扉が開き、すぐのテーブルに鍵が置かれる。
私は箱を抱え、準備室の灯りをまた一段落とした。
あともう少し。
誰にも頼らない。
頼るなら、結果にだけ。
結果さえ残せば。きっと。
次回【仕上がってくるクラスメイトたちの魔道具】




