48.文化祭実行委員の放課後〜ブルーノside〜
文化祭実行委員、ブルーノsideです。
監視具の鈴と、地味に走らされてる男の話。
文化祭実行委員の仕事は、想像していた以上に「地味に足が忙しい」。
性分から言えば、放課後は図書館で静かに本を読んでいたいところだ。けれど、一年のうちからこういう場で手を挙げておくと、内申にも、将来の進路にも効いてくる。合理的な判断で、僕は委員に入った。
結果としては──まだ途中ではあるけれど──悪くなかったとは思う。
導線図を渡されて、教室を一つずつ回り、矢印シールや監視具の位置を実際の空間に当てはめていく仕事。
生徒たちの仕上げてくる魔道具は、それぞれのサイズや機能をふまえたうえで、安全に楽しく来場者が見られる並びを各クラスでまとめる。それを書類にしたものを委員が受け取り、委員会で共有して確認し、必要なら実物を見に行って、また修正する。
魔道具展示の安全確認、掲示物の高さ、出入り口の幅──そういうものも込みで、「目立つもの」「目立たなくていいもの」、視線の流れも全部組んで、配置を決めていく。
パズルみたいで、こういうのは嫌いじゃない。数字と線で組んだ図面が、実際の廊下や教室の「歩きやすさ」として返ってくる感覚は、少し爽快だった。
手元の配置図と、監視具の反応テストのチェック表を見ながら、廊下で足を止める。
その場には“過ぎた”もの(騒音でも、声の質でも、魔法の発動でも)を感知すると知らせてくる、監視具の“鈴”の前。
軽い水魔法で指先に水球を作る。監視具が、授業でもなんでもない時間に魔法(つまり「異常」だね)の起こりを察知し、受信機の革の腕輪が無色から黄色へ。
水球を大きくすると、橙色へ。
赤になったところで、頭上で雲みたいに広がっていた水球を収束させた。
「うん、問題なし」
淡々とチェック表に丸をつける。
祭りの飾り付けに紛れてぶらさがりながらも、リン……と澄んだ音を立てる鈴。
それを見下ろして、ひとつ、息をつく。
これを持ち込んだ人物を、つい頭に浮かべてしまったからだ。
「オーシャン君、この角、混むと思う?」
ふと、矢印シールを持った委員の二年の先輩が訊ねてきた。
「混みますね。屋台の匂いが流れてくる位置ですから。矢印を一枚足して、人の“向き”を揃えた方がいいかと。あと、反対側に監視具も一つ足したほうが安全そうですね。閾値は下げて」
「だよね、ありがとう」
先輩は図面に印をつけ、シールを貼りながら、しみじみとした様子で言う。
「それにしても良いよね、“彼女”が持ってきてくれたやつ。去年より委員の歩く量は増えたけど、効いてる。最初は、ちょっと、なんだよって思ったんだけど」
先輩がそう言うのも、無理はない。
第一回目の会議の時はいなかった。けれど二回目で、「マークス商会協賛の連絡係」として入ることになった、とさらりと混ざってきた僕の友人。
委員たちから一斉に視線を向けられても、顔色ひとつ変えずに丁寧なお辞儀を返していた──アンジェリク・マークス。
僕はその間の期間に、彼女がローゼリアとアレスに話を持ち掛けるところも横で見ていた。だから、驚きはしなかったけど。
(それに、今回が初めてじゃなかったしね)
少し前、期末試験勉強の期間、教室でサシャとローゼリアとアンと四人で問題集を解いていた時のことを思い出す。
アンがローゼリアを連れてきて始まった会。
最初は渋々に近かった。
けれど、結果として、あの勉強会も悪くなかった。
サシャも目に見えて理解が深まっていたし、僕自身も、教えることで整理できた部分がある。ローゼリアのことも、貴族をただの高慢な人だと考えていた自分の認識を改める良い機会にもなった。
(……だからといって、勝手に段取りをつけていい理由にはならないと思うけどね)
なんなら、サシャだって、きっかけはアンの一声だったと聞いている。
──おかげで僕は、一人でいられない場に引っ張り出されたわけだし。
本来なら、“自分の努力さえ積んでいればいい”場所だけを歩いていくつもりだったのに。
けれど、それが嫌だとは思っていない──そう、今、僕自身が納得しているのが、どこか奇妙な心地だった。
「あ、噂をすれば、だ」
先輩の声に、ふっと顔を上げる。
廊下の向こうに、アンだ。
騎士隊の誰かだと思うけれど体格と姿勢の良い二人組と一緒に図面を見て話している。
先輩が言う。
「さっきまで、生徒会室で殿下と先生方と話してたよな。その前は購買の搬入口で、工房の青年と時間調整してたって聞いたけど」
「……また、走り回ってますね」
僕も答える。
(……また、どこかの“穴”を拾いに行ったんだろう)
「マークスさん、すみません、ここも見てもらえますか」
アンが騎士隊と別れると、すぐ別のところからそんな声が飛ぶ。彼女は立ち止まり、必要なことを手短に伝えて、また次の場所へ。
でも、ふと気づくと、こちらの廊下の端では、委員じゃない生徒が数人、集団で眉を上げながら彼女を見ていた。声がかすかに聞こえる。「無理やり」「委員に」「コネ」──単語だけで内容はわかる。
先輩と軽く目配せする。「ま、言わせておこうぜ」なんて。小さく頷く。
アンはもう別のところだ。廊下の角で、また誰かに頭を下げている。
それを横目に見送りながら、眼鏡を指で押し上げて、胸の中だけで小さくため息をついた。
「……次は、何を狙ってるんだか」
その時、ふと別の視線を感じた気がした。反対側の廊下に目を向ける。
桜色が視界を撫でた。ソフィア・テレーゼだ。
彼女も配置図の紙を胸に抱えている。
(……そういえば、いたね)
アンと同じくらいあちこち走り回っている女生徒。
広い学園だから、委員の大半は僕と同じ監視具の設置や反応確認に出回っている。
彼女もその一人だけど、人一倍走り回って数をこなして、その上で、他の仕事もありませんか?って聞いて回ってるのを見たことがある。
ソフィアの視線は、アンの去った廊下の角に残っているように見えた。
それから愚痴っぽく喋っていた生徒たちを少し目で撫でたあと、何も言わず、踵を返す。
(……なんだったんだろうか、今の感じは)
先輩はもう別の壁に矢印シールを貼っていて気づいてすらいなかった。
僕も少しだけ考えて……けど結論は出ない。
──女性の機微には残念ながら? 疎いほうだと自覚している。
ただ、彼女もまた、アンと同じように“手を動かす側”の人間だということだけは、よく分かる。
チェック表をめくる。まだ見回りできていない教室も廊下も、いくつも残っている。
それを確認して、自分の仕事に戻ることにした。
次回【ちゃんとしているのに“足りない” ──ヒロインの夜の準備室】




