46.第二回文化祭実行委員会 ・アンの参入〜ソフィアside〜
ソフィアにしたら、なによもう!な案件です
二回目の実行委員会。今日は役割と企画の詰めだ。意気揚々と生徒会室へ向かい、恭しく末席に腰を下ろす。
配られた資料をめくって──息が止まった。
理由はひとつ。資料の最後の行に、見慣れた社名がひっそりと居座っていたから。
《協賛:マークス商会》
舌の奥が苦くなる。紙をめくる指先にだけ力を込めた。
「では連絡事項を少し」
議長席のエルヴィスが、いつもの穏やかな声で言った。
「今年は協賛にマークス商会にも入ってもらうことにした。その連絡窓口として、アンジェリク・マークス嬢にも委員会に入ってもらう」
扉が開く音。まっすぐ入ってきた彼女と、真正面で視線がぶつかった。
(……また、あなた)
茶色の瞳が一瞬だけ細くなるのを見た。
私は口角だけを上げて返す。
「利益相反では?」
誰かが意見し、エルヴィスがそっと手で制する。
「そうだね、だから、あくまで連絡だけ。手配は生徒会と先生方の承認どおりに」
言った生徒は浮きかけていた腰を下ろした。
「それから、購買のヘルプもお願いした。工房から、リック君だ」
次に入ってきたやつを見て、心臓がまた強く鳴った。搬入口で睨み合った、あの煤けた前掛け。ちらっと目が合い、お互い、フンと小さく顔を背けた。
(上からも横からも、“道”を固めるつもり?)
私が苦く思っているうちにも、エルヴィスは配布資料の該当ページを軽く叩いて話を続ける。
「マークス商会からは模擬店テントや魔道具製作に必要な物品のほか、安全強化の提案が入っている。〈矢印シール〉〈固定座標転移ロープ〉〈監視具〉などだ」
フィンが卓の端の細い巻物を指で弾いた。ぱさ、と薄紙の匂いが立つ。
「導線の“矢印シール”、これ」
一枚はがして床に貼る。貼った瞬間、矢印の輪郭だけがふっと浮き、そこへ視線が吸い寄せられた。
派手ではない。けれど、目が自然と向く。
前列の二年が小さく息を呑む。顎に手を当てつつ腕を組んだブルーノが「控えめでいい」と独りごち、二つ隣の子はノートに“視線誘導・弱”と走り書き。
「貼り直しは基本不可。跡がうっすら残るから、悪戯で向きを変えてもバレるよ」
フィンが言った。
次に、掌サイズの銀の鈴と、赤茶色のレンガを小箱から出す。
「“監視具”は鈴型とレンガ型。外見は地味でいい」
フィンが鈴をそっと鳴らす。会議室に音はほとんど響かないのに、エルヴィスの手首の革の腕輪が一拍だけ震え、革についたシルバーの台座の小灯が黄に点る。
壁際の据え置き盤の受信機にも同じ色がぽつぽつ。
ざわ……と呼気が揺れた。
「熱・音・滞留——火と風と土の複合で拾って、閾値で色が変わる。黄=混雑/橙=小競り合い・体調不良/赤=緊急一斉通知で設定してる」
「誤検知は?」と三年の委員。
「吹奏直後は黄が出やすい。運用で“流す”時間を決めておく。閾値は会場ごとに前日調整」
レンガ型に興味を持った他の一年が手を伸ばしかけ、アレスが目で制する。
エルヴィスが勧め、何人かが同じ型の受信機に手首を通してみる。革の内側がひやりとして、灯が一瞬だけ試しに点った。
次は、赤と青の縄で作られた二つの輪が運ばれた。「“固定座標ロープ”。赤が入口、青が出口。一方向。鍵で端点固定」
赤い輪に木箱を半分差し込む。空気が薄紙みたいに折れ、箱はふっと消え、部屋の隅の青から“スッ”。誰かが「わっ」と声をあげる。
「人や生き物は通らない仕様だよ。あと重量制限付き。鍵は開閉時刻と係員IDを刻むから、記録は残る」
「こちらも無関係の方が触ったり悪戯できないようになっていますのね」
ローゼリアが言い、フィンがウィンクと一緒に頷いた。
エルヴィスが一拍置く。
「最後に——期間中の転移石は混乱防止のため禁止」
どくんと胸が鳴る。
(転移石、禁止……っ)
紙が指に食い込み、爪の白がじわりと広がる。私は視線を落として、奥歯を噛んだ。
(足を奪えば、主役はイベントに遅れる。——それが狙い?)
アンを睨む。せっかくここまで近づいたのに。
「委員は“道”を作る側だ。受信機はひとり一つずつ。見回りの騎士隊にも配る。動線は矢印に従うこと」
エルヴィスが配布表をとんと叩く。
フィンが「黄色は焦らない、橙は声かけ、赤は走る」と指折り、全員で復唱した。
「では——それぞれ分担表を確認して、今日のところは解散」
私は立ち上がりざま、もう一度だけ資料の末尾に視線を落とし、それから扉へ向かった。ローゼリアたちが寄っていくアンの顔は見ないまま。
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文化祭準備週の昼休み、購買通りは戦場になった。
魔石、回路板、固定紐、耐熱接着。列は通りの角を三つ折れて、まだ続く。
「俺の仕様はナラだ、ブナじゃない!」「蝶番、これより半寸小さいのありませんか!」「ま、待って! ど、どちらをお探しですか!?」
購買係のお姉さんの声が裏返る。
そこへ、生徒会腕章の上級生が駆け込んだ。
「文化祭期間の臨時ヘルプ、入ります!」
後ろに連れられているのはリックだ。
「どうも。列、三本に割ります。“見本→即決→会計”で詰まり抜きます」
ぐっと革の手袋をはめると、無駄のない動きで、持ち込んだ折りたたみの簡易工房台を展開し、脚を締め、補助レジと計量器を置いた。
台は昔のミシンみたいだ。
リックがボビン位置に魔石を置き、目盛りを合わせ、足踏みペダルを踏むと、針先から魔力が流れて、切断、面取り、穴あけ、色の焼き付けが次々片付いていく。
「次。真鍮ネジ二番、回路C型。——はい、即出し」
「速っ……」
ざわめき。長かった列が蛇腹みたいにぐぐっと縮む。詰まっていた廊下に人の流れが生まれる。
柱の陰からそれを眺めて、私は舌打ちを呑み込んだ。
(仕事はできるのね。腹立つ)
財布を握りしめ、値札に指を滑らせる。学生価格でも、私の“月イチの奨学金”には重い。
(買うのは最小限)
列の端から回り込み、工房台の脇に滑り込む。彼は私を見るなり、目だけでため息を落とした。
「……その木材だけ。買うから、よこして」
「はいはい。相変わらず偉そうで」
お互いに必要最低限の言葉。でも、品を差し出す指は止まらないし、確か。私は木材を抱えて踵を返した。
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夕方、委員のチャートに視線を落とす。
導線の“矢印”は、教室から中庭へ、迷路の前で吹奏楽へ、そこから騎士隊の演武へ。
視線の流れ——舞台袖の仕事。
(いいわ。舞台袖でも、主役には触れられる)
資料の末尾、《協賛:マークス商会》の文字を、もう一度だけ見た。
(“道”を固めてくるなら——私は、走り抜けるだけ)
紙を閉じ、立ち上がった。次の打ち合わせへ向かう足に、迷いはなかった。
次回【アンがどう委員に切り込んだかの答え合わせ回】




