45.購買横で上がる火花〜リック・ハルトside〜
ソフィアとリックのバチバチなファーストコンタクトです笑
木箱の匂いは乾いた雨に似てると思う。
売店の裏。品物を置く倉庫になっている部屋。
台車の軋み、縄の擦れる音。裏口は半分だけ開いて、朝の冷えた空気が細く入ってくる。パレットを引き出したところで、誰かが肩で扉を押し広げる音がした。
売り場とつながるスイング扉。
受付の従業員かと思い、俺は顔をあげた。——が、違った。
「そこの箱、今すぐ開けてくれますか? 文化祭実行委員のソフィア・テレーゼよ」
桜色の髪を片手で払いながら、そいつは未記入の伝票をもう一方の手で振り、笑っていた。
「勝手に入んな。窓口もまだ開いてないだろ」
そう言うと、ほんの一瞬だけそいつは眉を上げて——すぐに整った笑みを浮かべて俺を見た。
「受付の人には声をかけたわ。 誰? あなた」
(そういえば、今日の受付係、最近入った人だったっけか)
——たぶん、今の笑顔で「委員だから」と言われて、うっかり通しちまったんだろう。
俺はため息をついて答えた。
「リックだ。ここに商品卸してる。伝票は書いたら、中の受付の人に出してくれ。順番があるんでな」
「そう。リックさん、悪いけど、あまり待てないの。どうしても“今すぐ”が要るのよ。……だめかしら?」
声にほんの少し甘えた響き。手近な木箱に腕を軽く乗せての上目遣い。
——完全に、“似合う”ことを自覚してやっている。
(こういう客はいる。笑顔のまま、引く気はないタイプのやつな)
鼻で笑って、顎で順番札を示した。
「……ソフィアって、あいつだろ。“この世界がゲーム”とか言ってハーレム狙ってるヤツ。
悪いが“今すぐ”は皆が欲しがってる。並んでくれねーか?“ヒロイン様”」
一瞬、そいつの笑顔が固まる。その直後、声色が変わった。
「へえ、口が悪いのね。——その印、マークス。アンのところの人?あいつの味方ってわけ」
胸元の革前掛けの焼き刻印を一瞬だけ見て、工房印を正確に言い当ててきた。
露骨に素が覗いた態度に、ハッと笑ってしまう。
「段取り守って仕事してるだけだ」
「段取り、段取りって……あんたなんて立ち絵も名前も知らない。ただのモブじゃない。そんなやつが、主役の邪魔しないでくれる?」
(ハア? 立ち絵? 知らねぇよ)
「主役は来場者だろ。委員は舞台袖。——ちなみに、開けてって言ったその箱、中が冷え切るまえに開けると暴発する。手順ってのがちゃんとあるんだよ。下がれ」
視線がぶつかって、火花がひとつ弾ける。
そこに、キィと扉の開く音がした。入ってきた受付係が俺たちの間の空気を見て「え?」と目を瞬いた。
桜色のそいつは、即座に目を逸らし圧を散らす。それから髪をかきあげてにこっと笑いながら「なんでもありません」
受付係は「そうですか……?」と首を傾げながらも、一応納得したように必要な商品をとり、また売り場へ戻った。
扉の向こうに背中が帰るまでしっかり見送ってから、そいつはすぐにペンを走らせ、ぱん、と箱の上に伝票を置いた。
「最短で回して。遅れたら“あなたのせい”って広まるわよ」
俺以外には聞こえない程度に抑えた低い声。
「最短で。——順番どおりにな」
俺は伝票を拾って綴じ直し、台車の取っ手を握る。
くるりと振り返り、出ていく相手の踵の音が、わざとらしいほどに強く石床を打った。扉が閉まり、揺れる。
軋む蝶番の音と乾いた火のような匂いが少しだけ残る。
「つえーな、あれは」
呆れとも感心ともつかないため息を小さく溢す。
「ありゃ、お嬢が苦労するわけだ——ま、俺には直接関係ねえけど」
肩をすくめて、作業の続きに戻った。
リック、それはフラグって言うんだ。
読者も作者も知ってるけど、きみだけ知らないやつ。
次回【第二回会議・ソフィアが愕然】




