42.ソフィアの苛立ちと次の手へ
シナリオから外されていく焦り
(──どうして、いつも、いつも)
食堂で学年十位までの成績上位者が書かれた掲示板を見上げながら、私は、自分の総合点と順位のプリント用紙を握りしめて思った。
(私の世界には邪魔ばかり入るのかしら)
って。
握り潰した紙に書かれていたのは、「十一位」の文字だった。ギリギリでこの巨大な掲示板には載らない順位。このたった「一位」の違いが、そそり立つ崖のように高いことを知っていた私は、ギリ…と歯を食いしばった。
(急に点数を伸ばしたあの女さえ入ってこなきゃ、ここには私の名前が載ったのに)
少し前の授業で、手袋なんて嵌めて火の輪を作ったローゼリアの姿を思い出す。私だってうまく光の輪を作って合格をもらったのに、アレスは『できたよ、見て』と私が言うまで、彼女を見た後からずっと上の空だった。
期末試験は個別だったから出来は知らなかったけど、結果として、こうなっている。
(きっとまた、あいつのせいだわ)
私は、あの栗色の髪の地味な女を探して、舌打ちを堪えて周りを見回した。
すると、私の目に、アレスが映った。
少し距離は離れていたけど、明らかに苛立っているその表情に、私はほっとした。
きっと、自分を抜かしてこけにした婚約者の“悪役令嬢”と、それを唆したであろう“あいつ”を懲らしめてくれるだろうと期待した。
なのに、
「──は?」
キレながら近づいて行ったかと思ったら、婚約者の「愛しています」に、顔を真っ赤にしたアレスは、キャラ崩壊もかくや、だった。
いや──ううん、照れると顔を手で隠す癖は、ゲーム画面で見たのと同じだったけど、そういうギャップ萌え演出のレアな顔を向けるのなら、相手が違う。
(それは、ヒロインの私のものでしょうが! なのに……あいつ、魔法でも使ったんじゃないでしょうね)
いっそ怒って出て行って二人を引き剥がそうかと考えた。
だけど、その直後、肩を跳ねさせた二人が手を握って──正確にはアレスが令嬢の手を握って──飛び出していってしまった様は、まるでそれこそ乙女ゲームの展開だった。ざわざわ、と群衆の音も含めて。
呆然と見送ったあと、私はキッと、彼らに呑気な顔で手を振っていたあいつ──アンジェリク・マークスを睨んだ。
そいつは、私の視線に気づくと、唇だけで言った。
“ごめんね”と。
まるでそれが、私には、少し前まで得意げにアレスを連れていた私に対する当てつけのように思えて憎らしかった。
「なにが『ごめん』よ──私の邪魔してるくせに」
私は、周りに聞こえないように小さく舌打ちを漏らすと、素早くその場を後にした。
「──なにか苛立ってる? ソフィア」
そんな言葉でハッと我に返った。
気が付くと、机を挟んだ向こうから、にっこりと微笑んだエルヴィスが、私を見つめていた。
(いけない、ぼんやりしてた)
ここは生徒会室。さっき廊下で会い、そのままお茶に招かれたのだった。
「やだ、私、変な顔でもしてました?」
「そうだね、少しね」
ごまかすように笑った私に対して、エルヴィスはまるでなんでもないことみたいにそう言ってから、いつも通りの落ち着いた仕草で紅茶のカップに口をつけた。けど、そうしながらも、こちらを気にしているような目はそのままだった。
(不機嫌な顔を見られたかしら。だとしたら不覚だわ。せっかくここに呼ばれるまで仲が進展したっていうのに。……仕方ないわね)
「実は、試験の結果が思うように振るわなくって」
頭の中で自分の失態に舌打ちしながら、相手が、普段は天然系の入っている穏やかな王子だが嘘は通じないキャラだと知っている私は、そう話した。
「そうだったのかい?」
「ええ。頑張ったんですけど、十一位でした」
「十一位、十分立派だ……でも、本当にそれだけで沈んでいる顔には見えなかったよ」
「ふふ、エルヴィス殿下は意地悪ですね。試験が全てです、今は。十一位じゃ掲示板には載りませんから」
わかりやすくうなだれて見せると、エルヴィスは頷いた。
「ああ、あれに載りたかったのか」
「ええ。ほら、秋に文化祭があるじゃないですか、その実行委員はあの中から選ばれるって聞いてたんです。だから」
「そういうことだったんだね。深刻な顔をしているから何ごとかと思ったよ」
「あら、私にとってはすっごく深刻なことですよ。殿下にはそんなこと程度かもしれませんけど」
「ああすまない、そういうつもりで言ったんじゃないんだよ」
愛される表情、声、そういうのが揃っているヒロインの顔はすごく使いやすくて便利だった。ぷぅとわざとらしくも思えるほど頬を膨らませてそっぽを向くだけで、エルヴィスは心地よさそうに笑った。そして私を励ますように話を続けてくれる。
「あのね、ソフィア、それはあくまで噂だよ。実行委員は生徒会の推薦と担当教員の同意で決まる。名前が知られていると通りやすい、というだけなんだ」
「そうなんですか?」
「うん、そうだよ」
「えっ、それじゃあ……」
それを聞いた私は少し考える振りをしたあと、上目遣いをしてエルヴィスを見つめた。
「もしかして、先輩が推薦してくれたら私でもなれるってことですか?」
「ふふ。ああ、たぶん大丈夫だね」
「!」
やったわ! と心の中でガッツポーズを決めた。
ゲームでは、あの掲示板に載って、同級生の攻略対象者──特にアレスからちょっとした意地悪と度胸試しのつもりで推薦される実行委員。
(だけど、今回はアンの邪魔のせいで、ブルーノとサーチェスとはあまり深い親交もないし、ギリ繋いでたアレスも今はローゼリアのことでいっぱいになってそうだし。どうしようかなって悩んでたところだったんだけど──)
「十一位と順位も高いなら先生方の反対もないだろうし、アレスの特訓に頑張ってついていっていたのも見てたからね」
「エルヴィス様、本当にありがとうございます!」
持つべきものは王太子の友──いえハーレム予定の攻略者よね、なんて心の中だけで笑う。
(一瞬、“イベントの線路”から外れてるかと焦ったけど…。やっぱり私はこの世界のヒロインなんだわ)
──でも。
(どうして、あの“ごめんね”の顔が離れないのかしら)
一瞬だけ、心に砂が被るような感覚がして。
払うように頭を振った。
「ところで、本当に試験のせい? 君の顔は、もっと複雑に見えたけど」
「ええ、試験のせいです」
柔らかい目のまま聞いてくるエルヴィスにはそう答えた。
次回【次の章(文化祭準備)へ】




