41.ローゼリアの告白/好感度眼鏡
要するに【すれ違い】
「アレス様──初めて会った時から、わたくしは貴方様をずっとお慕いしておりました」
人目の多い食堂から、中庭の生垣迷路の前へと移動した二人。
交わされたのは、そんな熱烈な告白だったという。
移動してしばらくは互いに黙りこんだまま。
自分の手を握ってここまで連れてきた彼の手を見下ろしていたローゼリアが、意を決して顔をあげたのだった。
「その気持ちは、今も変わりません。試験のことは少しでもアレス様の気を引ければと思い、したことですわ。ただそれだけです」
「っ……そんなことのためにか……」
「はい……申し訳ありません。ですが、わたくしは……
本当に、貴方の生まれながらの魔法の才も、才に甘えずに勉強や鍛錬に打ち込まれる姿勢も、その結果をきちんと出されているところも、誇り高さゆえに他者を無視できない難儀な性格も、そのわりに一度気にかけた者は放っておけず世話を焼かずにはいられないところも、何もかも──」
アレスの手を包むように両手で握り返した上で、ローゼリアはまっすぐに彼の目を見つめた。
「好きです、アレス様」
「っ……」
その台詞に、髪と同化するかと思うほどに、端正な顔を赤くしたアレス。
もう片方の空いていた手でこぶしを握って自分の口元を隠しはした。
しかし、決して、彼女の手を振りほどこうとはせず──
言葉はなかったが、それが彼からの答えのようなものだった。
「っ……俺が思っていた以上の馬鹿だったのだな……貴様は」
「ええ……きっと、そうですわね」
にっこりと頬を染めて笑ったローゼリアを、アレスは睨み返した。
──が。赤い顔で手を握ったままでは、ちっとも威嚇になっていなかったという話だった。
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「なんだ、最初から、両片思いってやつだったってことっすか?」
いつもの寮裏のグラスハウス──ことの顛末を聞かせると、呆れたような顔で、リックは呟いた。
私は頷いた。
「うん。ローゼリア様もきちんと彼の前で好意を口にしたことがなかったし、アレス様も素直じゃなかった。それだけだったのよ」
片手に、以前リックに頼んで調べてもらった報告書の「交際相手」の欄を眺めて笑ってしまう。
どの相手にも“赤”がいない。
意識的か無意識かはともかく——それがローゼリアの色を避けているのは明白だった。
アレス・プロミネンスは、俺様で面倒くさいところも多いけれど、決して他者を見下すだけの男ではなかった。
幼い頃に決まった婚約者——ローゼリア。
家のため、そして彼のために努力を重ね続ける彼女を、彼もまた小さい頃から見てきた。
魔法も学問も鍛錬も、彼女はいつも真面目で、知識の深さには舌を巻くほどだった。
けれど年を重ねるごとに、彼女は“貴族の娘らしくあれ”という周囲の視線を気にし、自分の力を抑えるようになってしまった。
アレスが「そんな必要はない」と言ってもやめない。むしろ自分を“低く見られているように思えて”彼は距離を置いた。
それでもローゼリアは彼に文句ひとつ言わず、
「結婚という役目を果たすなら、それでいい」と言った。
その一言が、アレスの胸に最も暗いものを落とした。
——必要なのは俺自身ではなく、“役目”だけか。
そう誤解した彼は、彼女を連想させる赤の色を避け、他の女生徒たちと交流を試みた。
けれど、どの貴族令嬢も“自分を抑える”という点では同じだった。
そんな中、高等部で出会ったのがソフィアだった。
潜在能力はある。けれど、実際の力は決して強くはない。そのくせ、誰に対しても臆せず、自分の意思で歩く女の子。
ローゼリアが抑えこもうとした部分を、まっすぐに持っていた。
だから——ソフィアを見ている時、アレスは“彼女がこうであれば”という願望を興味にすり替えてしまったのだ。
けれど、本当の答えは最初からずっとローゼリアのほうにあった。
きっかけさえあれば、彼の気持ちは戻る。
彼女の素直な告白は、その「きっかけ」になっただけの話。
「お嬢、あんた、わかってたんすか?」
「ううん、勘よ」
私はきっぱりと答える。
「確信したのは、試験の前に持ってきてくれたこの報告書を読んでからだけど。まあ、昔にも一度調べたことはあったから……なんとなくそうかなあとは思ってたけどね」
「ふうん」
「なにはともあれ、良かったわ。うまくいって」
ほっと胸を撫でおろした。
アレス・プロミネンス侯爵子息と悪役令嬢ローゼリア・スカーレットの仲はこれで無事円満解決。
いくら強かなソフィアでも、婚約者への好意を自覚したアレスに横恋慕を叶える余地がなくなったことは気がつくだろうし、諦めるだろう。
「ま、良かったっすね」
リックが肩をすくめた。
「うん。こんなに調べてくれてありがとうね、リック」
私も、もう一度お礼を告げた。
「いや、俺もうまくいってくれなきゃ、あのご令嬢様をけしかけるお嬢を止められなかった手前、会長に申し訳が立たねえんで。
ああ、あと、これ。もう一つ頼まれてたやつ」
ふと渡されたのは、手のひらになる細長のケース。
ぱかっ、と開けると、赤い縁取りと分厚いレンズの伊達眼鏡が収まっている。
「《視線固定時間測定兼体熱感メーター応用好感度可視化眼鏡》……略して《好感度眼鏡》」
「ああ! ありがとうリック! 大好きよ!」
そう言いながら、さっそく掛けてみた眼鏡を通してリックを見ようとすると──
「あほ! こっち見んな!」
顔を赤くしたリックに、ぐいっと頬を両手でつかまれて横を向かされた。
つい笑ってしまった。
「なんでそんなことで照れるんだか。実は私に恋してるのがバレて困るって言うなら、わかるけど」
「んなことあるわけねぇだろ……。単純に、友情だろうがなんだろうが、あんたに情があるとか見られるのが恥ずいんだっつの」
つまり年頃の男の子の複雑な心境というやつか。
「つーか、使い方わかるか?」
「うん、何度も……あ、いえ。説明は聞いてるから大丈夫」
「……? ま、いいけどよ」
眼鏡のフレームの右上あたり、少し出っ張りがついているところを触ると、フレームの上の右端に浮かんでいた文字が消えたり点いたりした。
文字は、“友情メーター”と“恋愛メーター”と“スイッチオフ状態”の三つに入れ替わるようになっている。
毎度ながら、よくできている。
「それ仕上げるの、かなり苦労したんだぜ。視線と体温を感じ取るセンサーとしての火魔法と、それをレンズに表示するための土魔法の応用を組み合わせるのに、二つの魔石と回路をまず──「その話、長くなる?」──悪い」
魔道具の作成過程の話になると興奮して早口になってしまうのがリックの癖だ。
止めると、咳払いが返って来た。
「あー、まあ、その眼鏡を通して誰かを見ると、その人が“いま視線を向けてる相手”への好感が頭上に出る。小さなハートマークでな」
「はぁと、まーく」
「なんだよ。色が灰→紫→黄→緑→桃→橙→赤で変わる。緑を越えると恋愛判定が混ざる。越えないうちは友情判定。切替は自動。ちなみに灰色の下に黒色もある。“冷め気味”サインな」
「……で、リックを見たら」
「見るな!」
「はい、“友愛:橙”。可愛いわね」
「可愛くねぇ!」
顔を覆ってテーブルを叩くリックに笑った。
「いまさらね。昔から家族みたいに大事にしてくれてるのなんてわかりきってることじゃない。まあ、後でリックも私のこと見ていいから」
「そう言うなら見させてもらうけど、どうせ同じ結果だろ。でも羞恥心はなんかオレの方がでかいってずるくないか……?」
なにがずるいんだかさっぱりわからなかったため、無視することにする。
「……ところで聞きたかったんだけど、このハートマークに色付けるセンスって、リックなの? ……乙女チックね」
「っせえ、なんか思いついたんだよ! わかりやすいからいいだろ──つか、今さらやっと納品できた俺が言うのもなんだけど、あのご令嬢様の件はなんとかなったのに、まだこれ必要なのかよ?」
「ええ、まあ、確かにアレスに対してはもう必要ないんだけど。でも、なにかしら使わせてもらうわよ。まだソフィアのハーレム候補は残ってるし……殿下たち先輩との仲も変わらず続いてるみたいだしね」
「ふーん…」
少し悩みながら答えると、リックは「意外」と言わんばかりの顔をして唸った。
「最初は荒唐無稽な話だって思ってたのに、マジでちゃんと王子たちとも親交深めてんだなソイツ……」
「そう……凄いのよ」
遠い目をしてため息をついた私の横で、リックは妙に感心した声をあげていた。
不器用も大概にしろよという感じですが、悪役令嬢ルート改変編、これにて決着!です
次回【次に向けて、ソフィア】




