04.寮の朝と“親友ポジ”の距離
ゲームだったら、プロローグ
学園は山三つ分の敷地を抱く。
中等部—高等部—専門院まで内包し、校舎・厩舎・山・礼拝堂・購買通りと呼ばれる購買とカフェが並ぶ商街、はてはコロシアムまで塀の内側にある。
実はあの正門から校舎までも片道二十分はかかる。
要するに──広大学園、徒歩は死。そんな場所だ。
貴族の多くは式典の日に馬車を横付けにする。
……つまり、毎回のように門から歩き出す私と“ヒロイン”のソフィアは、馬車を横付けできるお貴族様ではない、ということだ。
この学園で貴族でない者の入学率は、全生徒の三分の一と少ない。
入学式で隣の席になり、寮でも部屋が隣同士──それが重なって、私たちは一番の学友になった。
もちろん、何度かのループでは、今回のように入学式をボイコットしたり、距離を置こうとしたこともある。
それでも寮の部屋が隣なら顔は合わせてしまうし、ソフィアの対人距離の遠慮のなさもあって、結局は気軽に話す仲へと戻るのが常だった。
切っても切れない腐れ縁、とは当時の私の言い分。けれど、彼女の前世の話を聞いた今となっては、あれらもみな“乙女ゲームの補正”だったのだと思えて、少し寒気がした。
……ただ、その補正も、転生者というイレギュラーが混ざった今回は、どう転ぶのだろう。
寮の自室。洗面器からは、まだ石鹸と薄い薬草の匂いが立ちのぼる。
壁際の姿見の前で、身だしなみの最終確認をする。
ミモレ丈の濃紺スカートに、同色の襟付きジャケット。皺や埃、白いブラウスと赤いリボンタイの染みをぐるりと確認し、前髪を短く切った栗皮色のボブを指で梳く。
髪と同じ色の瞳をのぞき込むと、白目の赤みと腫れた瞼にため息が落ちた。
「あまり眠れなかったものね……」
毎回そうだ。入学初日の夜は“前は何が駄目だったか”の一人反省会で眠れない。でも昨晩は次元が違った。
家族の手紙で泣いた勢いのまま、夜明けまで周回ノートを書いていたから。
「もう少し冷やさないと駄目か……」
指先を立てて呪文を唱え、冷やした指を瞼にあてる。指先の冷気がしゅうっと抜ける音が皮膚の下で小さく響く。
「はぁ……冷たくて気持ちいい」
この世界が何であれ、彼女の前世には魔法なんてなかったという。うん、その点は、よかったと思おう。
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太陽が昇りきる前に、私は部屋を出た。隣室の彼女に会うのが気まずかったから。
(なのに──補正力!? やっぱり補正力なの!?)
教室の扉を開けた瞬間、風に捲れたノート。顔を上げたソフィアと目が合う。
肩から鞄がずるりと落ちかけた。
「うそでしょ」
「あら、早いのね」
講堂型の教室。黒板正面に半円状の木製テーブルが並び、その最前列、窓際──教卓の目の前に、彼女は座っていた。
「なんでいるの!?」
「そりゃあ、予習しようと思ってよ」
当然でしょ、と肩をすくめるソフィア。
私は唖然としつつも、一番遠い最後尾席へ。試験以外は席は自由だ。
「えらく離れて座るのね」
遠くから笑う声。視線は向けず答える。
「広い教室なんだから広く使った方がいいでしょ」
「でも今は二人しかいないのに、こんなに離れてたら、あとで来た人に仲が悪いって思われるわ」
「間違ってないからいいでしょ。別にまだ仲良くはないんだし」
「“親友”ポジのくせに」
その言い草に、腹が立った。
「その決めつけ、やめてくれる?」
「え、怒ったの?」
「あたりまえでしょ。私がソフィアと仲良くなったのは、彼女が優しかったからよ。物語の都合じゃない。その気持ちを“設定”で片づけないで」
「……なっ」
本音を言った。胸のつかえが少し降りる。
けれど、挑発的だった彼女が急に黙ったことに違和感を覚え、視線をやる。
(あら?)
無言で睨むソフィア。少し怖い顔。
やがてプイと横を向き、何事もなかったようにノートへ戻る。
(静かになるなら、いいか)
声をかけるのはやめた。優柔不断は友達に戻る近道だ──そう学んだのだから。私は鞄から本を出す。
気づくと普通の登校時間。廊下にも教室にも人が増えてくると私は本を片付け、“知っている顔”へ“新鮮”に挨拶を配る。
「おはよう」
「おはようございます」
「ごきげんよう」
初日のこの授業は、まずはこの国と学園の歴史、そして魔法の基礎についての説明が一時間近くかけて語られる。
しかし、もう耳にタコができているほどそれを聞いている私にとっては、ただバックミュージックのように聞き流して感傷にふけるための時間だ。
抑揚のない声が語る。
「この世界の魔法は妖精から人に分け与えられた賜り物だ。属性は炎・水・風・土と派生、特別枠に聖と闇。王と貴族はその運用で国を整えた」
それは、強い魔法が今も王侯貴族に偏在し、この学園の生徒の大半が貴族で占められる理由でもある。
そして、この学園が普通の学校と違うのもそこだ。単位を取って進級する仕組みは同じでも、自分の適性属性を知り、その扱いを学ぶことが必修に組み込まれている。
しきたり、校則、選択科目の取り方──細かな説明が流れるのを聞き流しながら、私は昨日の“ハーレム宣言”を思い返した。
次回【ようやくのタイトルコールw】




