39.夏の期末試験開始
“毎回”忘れてくるのよね……。
──桜の春、雨季の初夏、新緑の夏を超えて、とうとうその日はやって来た。
各クラス普段授業を受ける講堂に、決められた席順に一定の間隔をあけて座る。口を利かないクラスメイトたちに四方を囲まれた机の上には、白い回答用紙だけがあり重苦しい緊張感が漂っていた。
今日の期末の筆記試験。科目は、魔法基礎理論、薬草学、呪文学、魔法史、地理。最初の問題で頭を捻らされ、集中が切れてくる時に記憶系の問題がくるのが、人によってはプレッシャーかもしれない。
右隣の男子生徒は自作の暗記カードを一心不乱にめくり、左隣の女生徒は何かに縋るように祈りを捧げていて、前は……今さらカンニングペーパー作りにいそしんでいるようで肩を丸めて下を見ながらペンを動かし続けている。
「はあ……」
と私は小さくため息をついた。
もう慣れたことだと言いたかったが、今回はいつも以上に、周りにあてられている自分がいるのを感じる。
筆記用具を入れた袋をひっくり返し、中から二つ出てきた消しゴムの一つを、私は後ろのテーブルに置く。
「使って。良かったら」
「え……」
後ろの男子生徒は、目を丸くして私を見つめたが、渡した消しゴムをぎゅっと握りしめると、ホッとしたような声で小さく「助かる」と零した。
「寮に忘れて……どうしようかと思ってたところだったんだ」
「ちゃんと確認しないと。背中に挙動不審な振動が伝わってきたよ」
「悪い。ありがとう」
恥ずかしそうに笑った彼に「どういたしまして」と言って、私は姿勢を戻した。
「これで集中できる」
教室を見回すと、講堂の入り口近くの席にいるローゼリアを確認した。いつもはおろしている真っ赤な巻き髪を今日はしっかり結い上げているところを見るに、かなり気合が入っている。だけど、このギリギリになって何か足掻くような行動はせず、じっと始まる合図を待っている後ろ姿はいつも通り凛としていた。
(きっと大丈夫)
その姿に頷き、私は、壁の時計を見上げた。
時計の針はあと一分。
机の上の無駄なものを片付けるよう指示がある。
五十秒。
私は、動かずに針だけを見る。
三十秒。
そろそろ、とペンを取る。
十秒。
五秒。
一秒。
「では始め」
ウィンディ先生の声を合図に、問題用紙が目の前に飛んできた。それを受け取って、私は答案用紙を裏返す。
指でなぞって確認した問題は、いつもと同じ、私の記憶通り何も変わりはない。
難しいとすれば設問三──“属性相互干渉と変換”の問題。 《無白濁・無亀裂氷の安定化機構を述べよ》ここが肝。けれど昨日までにきっちりブルーノとの勉強会で詰め込んだところ。
私はちらっと、ローゼリアの筆致が一度も止まらないのを確認する。アレスは最初から最後まで速い。けれど、三のところだけ、ほんの一瞬、ペン先が浮いた。
それから数日後──
「アン! アン、見て!」
目を輝かせながら採点付きで返却された答案用紙と成績票を持って飛びついてきたサシャを見れば、その結果は一目瞭然とわかるものだった。
「私、こんな点数と順位、はじめてだよ! お父さんとお母さんに手紙書かなきゃ!」
「よかったね」
サシャの笑顔に、最初の頃自分に自信が持てずに落ち込んでいた彼女からされた相談を思いだした私も笑い返した。
「ねえ、アンは!?」
「私も、ちょっとだけ上がったよ」
「すごい! じゃあ、勉強会組、みんな上がったのかな!?」
「ブルーノ君とローゼリア様は?」
「ブルーノ君は、点数は前より上がったみたいだよ!」
「点数……は?」
サシャのその朗らかな回答に、胸がドクンと鳴った。
だって、点数は、と断定するということは順位は──
「まあ、今回は仕方ないさ」
サシャの後ろからついてやってきたブルーノが、自身の眼鏡を押し上げながらそう言った。その顔は、悔しそうなのに、どこかサッパリしたような表情を浮かべている。
「それじゃあ、行こうか」
「行くって……」
「当然、掲示を見にね」
「順位、食堂に出てるって!」
そう言って得意気な笑みを浮かべたブルーノ君とサシャにつられるように、私は教室の外に出て──
サシャの言ったように食堂にたどり着き、期末試験の順位の書かれた掲示板をおそるおそる見上げた。
次回【掲示板前】




